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「あれっ。みさ――米倉はどうした?」
はるかが代わって返答した。
「何かご用ですか?」
「イヤ、お茶でも貰おうと思っただけだが……」
「なら、私がお持ちします」
柊二が執務室へ戻ってしばらくし、はるかが柊二の元へコーヒーを運んで来た。
「あぁ、ありがと」
「咲ちゃん、トイレにこもって泣いてます」
「あっ??」
「フォローを。トイレには掃除中のプレート掛けておきましたから入ってるのは彼女だけです」
「了解」
はるかが言った通り女子トイレの扉のノブへは”掃除中”のプレートが掛けてあった。
氷室は小さく開いた扉から女子トイレ内へと静かに入った。
一番奥の個室だけが使用中になっている。
つまり実咲はそこにいるという訳だ。
氷室はその個室のドアの前へ行って中の様子に耳を澄ませた。
”中に居るのが惚れた女でもなきゃ、オレはただのセクハラ親父だぞ……”
中では誰かが泣いているのか?
鼻を啜って、トイレットペーパーで拭う気配がする。
氷室そのドアを小さくノックした。
無応答。
間を置いてもう1度ノックした。
――と、中から、涙で掠れた実咲の声が。
『――入ってます』
「何時までだ?」
『ぶ、部長、ですか?! ここ女子トイレですよ』
「ああ、わかってる。だから、オレを変質者にしたくなかったらこのドアを開けてくれ」
『……イヤです』
「もうすぐ昼休みだ、こんなとこ部下や同僚達に見られたらオレはとんでもないセクハラ社員としてたちまち注目の的だろな」
『セ、セクハラだなんて――っ』
その声に次いで、カチャっと音がしてドアのロックが解除され、氷室は実咲が中からドアを開けるより早く自分で開いた小さな隙間からその身を滑り込ませ、後ろ手にドアを閉め施錠もし直した。
「ぶ、部長?」
「もう忘れたのか?2人きりの時は名前で呼び合う約束だった」
「で、でも……」
「それに、これから先オレのチームで末永くやって行く気ぃなら、冬木程度の男に意見されたくらいでイジケてトイレになんか篭もるな」
「私、別にイジケてなんかいませんっ」
って、ほんの少し声を荒らげたが、そんな実咲の強がりは氷室はお見通しで。
間近に立つと頭ひとつ分位高い位置から優しい瞳で実咲をじっと見つめた。
「ホントに?」
「!…………」
「オレを見て? 咲」
そう言う氷室の言葉とは反対に、実咲は耳まで顔を真赤にして俯いてしまった。
「なぁ、咲、こんな顔はオレ以外の奴の前じゃ絶対見せんなよ」
”えっ?”と、顔を上げた実咲の顎をクイッと指で支えて、氷室は素早くその唇を自分のソレで塞いだ。
「ん……ぶ、ちょ……」
口の中で彷徨う舌を捕らえ、吸って、存分に絡める。
瞬く間に腰砕けの実咲をしっかり抱き寄せた。
「……でも、今日は守ってやれなくてごめんな。冬木がお前に対して持ってる偏見は仕事で覆してやれ、OK?」
「はい……」
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