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互いに啄む程度だったキスが次第に熱を帯び濡れた音をたて始めた時。
ちゃんちゃらちゃらちゃらちゃんちゃらちゃらちゃら
それはお馴染み、キューティーハニーの歌い出しの部分。
2人固まったように見つめ合って。
バツの悪そうな柊二の、困惑のハの字に下がった眉に実咲がプッと吹き出した。
柊二はさも可笑しそうに眉間を押さえて笑う実咲にかえってホッとして、ごめんと断り携帯を取り出した。
『出んのおせぇーよ! 今何処におる? 柊二』
「あのなぁ……今、何時だと思ってんだよっ。普通の善良なサラリーマンは自宅で休んでる時間だろがっ」
『あ?! お前の何処が善良なんやね』
「切るぞ」
『ああ、ちょっと待ちぃな。今夜お前んとこ泊めてんか』
毎度、毎度、人の都合など露ほども考えない兄・匡煌(まさてる)の言い草にいい加減柊二はうんざりとした。
「何だよ、また祐太朗とケンカでもしたんか?」
『いいや、でもよ、10日ぶりの非番の日ぐらいガキどもに邪魔されずゆ~っくり休みたいやん――だ~か~らぁ~、柊ちゃん泊めてぇ?』
「今さら甘えた声出しても遅いわ」
押し問答していると、クイクイと袖口が引っ張られた。
「帰った方がいい?」
振り向けば実咲が眉を下げ小さく傾げた。
「帰っちゃダメ」
手のひらでマイクを覆い、ブンブンと音がするほど大きく頭を横に振った。
ヤる、ヤらないは別として、実咲をこのまま帰らせるわけにはいかない。
”でも……”と、実咲の表情が心配気に曇った。
「何も心配ないから、ちょっと待ってて」
携帯を持ち直せば ”ククッ”と匡煌の忍び笑いが
聞こえてきた。
”こいつ……茶化し半分かぁ?”
「とにかく今夜はダメだ。ホテルにでも泊まれよ」
『あかん、あかん。そこのマンションなら下手なホテルより設備エエし、病院からも徒歩圏内やし、なんてったってタダやろぉ』
「次期医局長候補の筆頭がんなケチ臭い事いいないな。とにかく、今夜はあかん」
『おや、今夜はやけに冷たいやん、さては……女連れ?』
”今さら何やね、分かってんのやろ”
「んな事ど~でもエエやろ」
匡煌は柊二の口調の微妙な変化を敏感に感じ取って鎌をかけた。
『しかもヤってる最中だった、とか?』
「ばっ、ばか言ってんじゃねぇよっ!」
”最中だったら電話になんか出るか!!”
『おぉ、そうかそうか、我が家の堅物にもやっと春が来たって訳や』
「この、ど阿呆」
『邪魔して悪かったな、ま、せいぜい気張りぃや』
いつものように電話は唐突に切れた。
スピーカーから漏れ聞こえたのか?
実咲の顔はこれ以上ない程に真っ赤になっていた。
「風呂……」
「――へ?」
「――風呂、一緒に入るか?」
「柊二さ、お先にどうぞ」
「……どしても、ダメ?」
「――って、何が?」
「だから……風呂、オレは、一緒に入りたい」
子供が親に何かを強請る時のような柊二の視線が実咲の心を乱す。
「……どーしても?」
「……うん、どーしても」
実咲は自分から手を繋いで柊二を立ち上がらせた。
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