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週明け
エビスコーポレーション・8F、社員食堂。
社員達が使う他に社用で訪れた取引先の人間も利用するので、かなりの広さとテーブル数を誇っている。
現社主・鳴海は自他共に認める大の食い道楽で、この新社屋建設を着工するにあたり一番力を注がせたのがこの社食なんだそう。
各エリアは料理のジャンル別に分けられていて、そのメニューも今どきの若者達のニーズに合わせ、和食・中華・イタリアン・エスニック・フレンチ・
ミックスオリエンタル等、かなり本格的なフルコース料理が楽しめるようにもなっている。
今はもう就業時間後で、それら料理のセルフサービスカウンターはクローズされているが、飲み物とお菓子類の自販機があるので残業中のスタッフ達がサ店代わりに利用し、とりとめのない雑談に華を咲かせている。
そんな中、実咲は1人片隅のテーブルにいて、その上に置いた携帯電話のスクリーンとにらめっこだ。
”柊二さんが出張に行ってしまって今日でやっと4日……イヤ、まだ4日だ。
柊二さんは寂しくなったら何時でも電話を掛けてこいって、言ってくれたけど、こんなに早く音を上げたんじゃさすがに呆れられちゃうよね……けど、会えないなら、せめて声だけでもいいから聞きたい……離れて初めて気付いた、
あなたがこんなにも胸の中にいるってコト”
『ハァイ! 実咲ぃ』
と、2人連れ立ってやって来たのは実咲に初めて出来たチーム氷室での後輩・岡部千明とプロ企にいる、学生時代からの親友・森下ルナ。
「コレ、先輩にもあげます」
と、実咲は千明から何やらモコモコした袋を押し付けられた。
「えっ――?」
「抱きまくらですぅ。ついゲーセンで取り過ぎちゃってぇ……」
「私も押し付けられたわ。女同士でお揃いの抱きまくらってねぇ……」
と、ルナは少々迷惑そうだ。
「ありがとう、あきちゃん」
「いやぁ、いいですって。お互いこれで独り寝の寂しさを紛らわしましょう――所で、なんで食い入るように携帯見てたんです?」
「ひょっとして、ダ~リンからのコール待ちとか?」
「ダ~リン?! ひぇ~~っ咲先輩って彼氏いたんですかぁ??」
「あんたねぇ、25にもなって独り身じゃ人生虚しいだけでしょ」
「そりゃそうですけど――で、その彼氏ってどんなカンジの人なんです?」
「どんなカンジって……背がスラっと高くて、スマートで、私なんかよりグッと大人で……」
「へぇ~、年上かぁ」
千明は宙に視線を泳がせるようにして実咲のダ~リン像に思いを馳せる。
「モデルさんみたいに格好良くて……」
「おォ! なんかすっごいーイケメンっぽい!……あぁ、だから、携帯とにらめっこですか?」
「う、うん……」
「こっちからかければいいじゃないですか、電話」
「かけた事ない」
その返答にはルナも驚いた。
「ええっ~!?」
「仕事、忙しい人だし、いつも向こうから連絡くれるしね」
「いやぁ、しかし、普通にでんわくらいさぁ……」
「で、でも、電話って、緊張する、長く話せない」
「ど~して??」
「だって、耳元で、間近で声が聴こえるなんて、平気でいられない」
「はぁ~~っ、ベタ惚れだわね、あんた……」
※※※※※ ※※※※※ ※※※※※
所、変わって、こちらは実咲のアパート ――――
居室のローテーブルの上で、主不在の携帯電話が空しく着信音を鳴らしている
シャワーを止めた時、その湯音でかき消されていたらしい携帯の着信音が居室から微かに聞こえてきて、実咲は手早くバスタオルで体を拭い、バスローブを羽織って慌てて出て行く。
実咲が居室へ小走りに入って来たと同時に携帯の着信音も止む。
実咲 ”あ~ぁ”とため息つきながら、携帯を手に取りディスプレイの表示を見れば、柊二からのミスコールが4回も入っていた。
実咲はリダイヤルで発信しようとするが、なぜか最後の発信ボタンを押す段になってまた迷いが生じる。
”まだ仕事中だったら迷惑だよね……それに、もう時間も時間だし……”
そんな風に迷っていると、今度は柊二からメールの着信。
”1日の終りに声くらい聞いて休もうとコールしたが、お前はもう夢の中か? 戸締まりはちゃんとして休むように。~ 柊二 ”
月曜日には会えるのに、1分1秒でも早く顔が見たい。
あなたに触れたい。息も出来ないくらい強く抱きしめて欲しい!
あぁ……柊二さん、早く帰ってきて。
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