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エビスグループの後継者かぁ……。
この場に馴染んで当たり前だ。
柊二さん――ボスは生まれながらにこっちのステージの人だったんだから。
私らみたいな庶民とは本来住む世界が違ったんだ。
!! ――住む世界が、違う……それを改めて認識し、胸の奥がチクリと傷んだ。
や、やだ、私ってば、何今さら傷ついてるんだろ。
『――こんな所で何してる?』
私は慣れないパーティーの人混みで火照った体をクールダウンさせながら、人気のなくなったテラスで眼下へ広がる素晴らしい夜景をぼんやり見ていた。
「ちょっと、人混みに酔っちゃったみたいで……」
ボスも私の傍らへ並んで立ち、眼下の夜景を見下ろして。
「なかなかの眺めだ」
「え、ええ、そうですね」
予期せずしてボスとこうして2人きりになって、さっき蛯沢さんに教えられた事が不意に頭の中へ思い浮かんだ。
”――10代の後半で実家から飛び出してしまってね”
「あ、あの、どうしてご実家を出られたんですか?」
瞬間、 ボスの瞳に暗い影がさした。
「――圭介が言ったのか」
「す、すみません、立ち入った事を……」
ボスはしばし、とても哀し気な視線でじっと前方を見ていたけど、いきなり私の腕を強く掴んで自分の方へ引き寄せた。
「ボ、ボス――!」
抵抗する間もなく、私はボスの腕の中へ。
「知りたいか? 職場の上司ではなく氷室柊二としてのオレを」
「えっ――」
「知りたいなら教えてやる。だが、全てを知りたいならそれなりの覚悟を決めろ」
こ、こんなボス初めて見る……こ、怖い――っ。
その想いで強張った私の体をさらに強く抱きしめボスは唇を重ね合わせてきた。
瞬間、私は頭の中が真っ白になって何も考えられず、でも、体はほとんど条件反射的にボスを拒んでありったけの力でボスを押しのけ、ボスの頬を思い切り平手で引っ叩いていた。
「あっ――あの、ごめ――ごめ、なさい……」
ボスはキスをした時と同じく唐突に踵を返し無言で足早に立ち去ってしまった。
バカ、バカバカ――何やってんだろ。
キス位であんなに動揺しちゃうなんて。
初めてでもなかったのに……。
最低。明日からどんな顔して出社すればいいのよっ。
その頃、ここから足早に立ち去ったボスは、もう帰ろうとしていたはるかさんを引き止め落ち込んだ表情で私をフォローしてくれと頼んだのだそう。
私がボスを殴ってしまった手を呆然と見ていると、そのはるかさんがやって来た。
「みんなそろそろ帰り始めてるけど、さきちゃんはまだいるの?」
「……はるかさぁん」
私ははるかさんの顔を見たとたん、緊張の糸がぷっつり切れてはるかさんに縋り付き声をあげてワンワン号泣した。
「柊ちゃんの落ち込み様も酷かったけど、あなたのはそれに輪をかけて重症のようね」
「え……?……しゅう、ちゃん?」
はるかさんは私を優しく引き離し、軽く身震いしながら夜空を仰ぎ。
「ちょっと冷えてきたね……給湯室でお茶しながら話そっか」
コポコポコポコポ――
プロ企のあるフロアの給湯室で、上客用の玉露を淹れはるかさんと2人で飲んだ。
「はぁ~っ、やっぱりここが一番落ち着くわぁ」
「ですねぇ~」
「……で、何があった?」
「……一体、何を何処からお話しすれば良いやら……」
「何処からでもど~ぞ」
私は、この事務所で働き始めて以来ずっと企画営業課の速水さんに想いを寄せていた事から、失恋の痛手を氷室部長に癒してもらい、いつしか彼の事が好きになっていた事、そして今夜の突然のキスまでを手短に話した。
「あぁ……そりゃあいつが100パ~悪いわ」
「あのぉ、はるかさん? さっきもちょっと気になったんですけど、はるかさんと氷室部長って……」
「従兄妹よ。今夜のパーティーであなたがあいつから紹介された蛯沢圭介は腹違いの兄。あ、ひょっとして、妙に勘ぐったりした? 私と氷室との関係」
「と、とんでもない」
「けど――」と、はるかさんは言葉を切り、 ”クククク――ッ”と思い出し笑い。
「はるかさん?」
「あなたに引っ叩かれてテラスから来た時の氷室の顔ったら、写メで永久保存したいくらい情けなかったわ」
「あ、あれは、私のせいで――」
「ううん、そんな事ない。たとえどんな理由があろうと女性を腕力で押さえつけて思いを遂げようなんて、男の風上にも置けないわ」
「きっと、私の事なんて呆れちゃいましたよね、10代の学生じゃあるまいし、キス程度で動揺して男の人に手をあげちゃったなんて」
「なら、自分の恥も外聞もなくわざわざ私にあなたの様子を見てきてくれ、だなんて頼みに来ないわよ……氷室が本当の自分をあなたに告げようとしたのは、それだけあなたとの付き合いを真面目に考えているからだと思う」
「…………」
「だから、さきちゃんは何も心配しないでど~んと構えてりゃいいの。私のみたとこ、氷室はあなたにメロメロ、ベタ惚れよ」
「…………」
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