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手痛い失敗
『――お世話になりますぅ、米倉さん。カードは無事納品しましたので、コレは見本刷りです』
『はい、ありがとうございました』
入稿して1週間、やっと初仕事が仕上がって来た。
とにかく毎日が忙しくて、あのパーティーの夜の事なんか夢みたいに思える。
さすがに終業後デートへ誘われる事はなくなったけど、ボスの態度はいつもと一緒だし――
! もしかして、なかった事にするつもりなんだろうか?
あのキスの意味さえ分からないのに……ったくもうっ!
――って、私、なかった事にされたくないの?
鳴り出した机上の電話のベルの音にハッとして、気を引き締めた。
何やってんの?! 仕事中でしょ、しっかりしなきゃ。
電話は内線だ。
「――はい、米倉です」
『お前、カードのサイズはちゃんと確認したか?』
いきなりそう切りだされ私は面食らった。
「それ、どうゆう事ですか?」
『今、アクエリアスから連絡があった。カードのサイズ上下が5ミリでかいそうだ』
何やってんだ、私ってば!こんな初歩的なミス。
私が取るものもとりあえず、ボスの執務室へ駆けつけると、ボスは何処かへ出かける身支度をしていた。
「ボス――」
「入稿の際、最終確認をしろと言ったはずだ」
「ど、どうすればいいですか?!」
私は、お払い箱。クビ、決定。
「次からは気をつけろ」
えっ――??
「どんなにデザインがよくてもカードホルダーに入らない物じゃ意味が無い。刷り直し用の正規データを大至急中央印刷へ送っておけ」
と、ボスは戸口へ向かった。
「は、はい――あのっ、ボスはどちらへ?」
「アクエリアスのメインオフィス。話しを付けて来る」
!!――――
時間だけが無益に過ぎて行く。
ボスがアクエリアスのメインオフィスへ出かけてから、もう3時間以上経った。
私は就業時間中、ボスの指示通り刷り直し用の正規データを印刷所へ送ってからも、他の仕事なんか手につかなくて終業後も1人オフィスへ残って、ただひたすらボスの帰りを待った。
どうしよう――どうしよう、どうしよう!
頭の中で同じ言葉だけを繰り返す。
竹内チーフ曰くボスって人は――
”頭を下げるのが何よりも苦手な人だからな、上手く折り合いをつけていればいいが”
私のせいでとんでもない迷惑を。
時計の表示が午後10時を過ぎた頃、やっと帰ってきたボスは心なしかいつもより疲労の度合いが濃いように見えた。
「……まだいたのか、学校はどうした?」
「休みました。それどころじゃないです。で、どうなりましたか?」
「何とかカタはついた、後は1日も早く刷り直しを納品する事だ」
執務室へ向かうボスに私は尚も追いすがった。
「ボスッ、本当の事を教えて下さい」
ボスは執務室の中へ入って、スーツのジャケットを脱ぎネクタイを緩めて少し寛いだ恰好になりながら言った。
「先方には刷り直し分をうちが肩代わりする事で納得してもらった」
!! 肩代わり……。
「誰にでもミスはある、最終確認を怠ったのはオレも同罪だ。デザイン自体は良く出来ていた2度と同じミスを繰り返さなければそれでイイ」
「ボス――いえ、氷室部長。私、辞めます」
「なん、だと?」
「私がこのままいてもきっと皆さんに迷惑をかけるだけです。私の代わりにもっと仕事る出来る人を――」
勢いでそうまくしたてた私の言葉を、ボスはオフィスで初めて私の名前を呼び捨てで遮った。
「実咲っ!」
「?!――ボス?」
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