幼なじみのなっちゃん

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 そのカフェの奥まった席で腰を浮かせた男性客が、  今出入口から入った私に向かって軽く手を上げ  声をかけてきた。 「おぉ、実咲、こっち、こっち――」  彼の名前は、東夏生さん。清光園の卒院生。  なっちゃんは18の時養子縁組先が決まって、  卒院と同時に新しい親御さんの待つ北海道へ  引っ越して行った。  卒院して園との関わりがなくなっても、  普通うわさ話くらいは耳に入ってくるもんなんだけど、  なっちゃんの場合そんな事は全然なくて。  園長である養父・都村や他の職員達になっちゃんの  近況を聞いても、何故か誰も教えてくれなかったので。  あの当時は結構気を揉んだのを覚えている。  そして月日はあっという間に流れて、10年。     営業で偶然会社へ訪れていた彼に再会して以来、  何回も電話をくれて、その度に「会わないか?」って、  誘われた。  柊二さんが不在の時に(たとえそれが幼なじみだとしても)  柊二さんの知らない男性に会うのは何となく気が引けて、  仕事を理由に断ってきた。  けど、さすがにあまり何度も断るのは悪いと思って、  今日会社帰りに近所のカフェで会う事にしたんだ。 「――ホントびっくりしたよ、あの会社で偶然実咲と  会えた時は」 「私だって、すぐ分かった?」 「そりゃ分かったさ。何せ、お前昔とそう変わってないし」 「そっかな……」 「どーせ、そんなんじゃ彼氏もまだいないんだろ?」 「えっ、それは――」 「まぁ、いいって。分かってるから。お前の良さを分かる男  なんてそうザラにはいない――あ、そう言えば、  女友達もほとんどいなかったよなぁ、だから、  ボクだけに懐いて……」  そうなっちゃんは昔を懐かしむように話すけど、  私はその話しの内容にだんだん気分が凹んできた。 「実咲、今、あの会社の企画部でデザインの仕事してるん  だって?」 「うん、そうだけど、よく分かったね」 「気になったから、ちょっと調べてみたのさ――  どーせお前の事だから、気の弱いのにつけ込まれて、  体裁の良い雑用押し付けられてるだけじゃないのか?」 「そ、そんな事ないよ。仕事は凄く楽しいし、ボスも  先輩達もクライアントの方々も皆んないい人ばかり  だから――」
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