午前零時

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「どうしたんや?なんかあったんか?」 心配そうに覗き込む小猿みたいな同僚の、短く刈り上げられた髪をざらっと撫で上げて、「なんもないよ」て俺は答えた。 「なんもないわけないやろ。お前ため込むタイプやし。俺が言うのもアレやけど、ちゃんと食うてるか?それに、その調子やとあんま抱かれてへんやろ?」 ああ、すばるには嘘つかれへんなぁて、俺は観念して吐いてまうことにした。 「忙しいしな、お互い。メシは食うてるよ。俺がこんな時間まで働いてるから、帰り早いヨコが用意してくれんねんで?」 「うそやん!」 「ほんま」 「く、食えるん?」 「当分鍋はええわ…」 すばるはなんとも言えない表情で笑った。 「ヨコ、事務職は営業と違って動かんから言うてあんまりメシ食わんねん」 「あのヨコが?いっつもなんかしら食うてるあのヨコがっ!?……“人って変われるんやなぁ…”」 すばるは虚空を見つめて呟いた。どっかで聞いたことあるセリフやな。 「新婚生活言うのんは思たより甘くないで。親に勘当されたし」 「マジか?あっ、お前長男か!」 「村上家なんてタイソウな血筋ちゃうのに、なんやねんって話や!」 「俺もビックリしたからな、お前らが養子縁組するなんて」 「そぉか?俺的にはめっちゃ自然やったで?」 「そうや、お前アレやめろやメールの署名に(旧姓:村上)って入れんの!引くわ!」 「入れんと誰かわからんやろ?」 「なんで変えたんや?結婚した女、みんな旧姓で働いてるで?」 「戸籍もクレジットカードも横山になったんやから、名刺も署名も俺は変えるよ。だって俺、横山信五やもん」 すばるはカカカって笑ったあと、「そぉか」て言ってそれ以上何も聞かんかった。 俺がトレーにA4用紙をセットして「できたで」言うたら「ありがとぉ」て笑ったすばるは、ふと「この会社どうなんねやろな」ってぼやいた。 「ああ、TOB?」 「そう」 「悪いようにはせぇへんとちゃうか。タツから直接聞いたわけちゃうけど、アイツあれで長男気質やから社員路頭に迷わすようなことはしぃひんと思うわ。心配なんは自分で責任取りすぎるとこかな」 そんな俺の予想が見事に的中してたなんて、この時は想像もしてへんかった。
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