3人が本棚に入れています
本棚に追加
そこに入っていたのは、一言で言うと鮮魚だった。煮るなり焼くなりといった調理は勿論されておらず、その刀のように銀色に輝く鱗と、死んだ魚のような目という表現もどこへやらというくらいに澄んだ瞳、脂が乗っている証の黄色い口。日本人なら誰しも一度は口にしたことがあるだろう、馴染み深い秋の恵みがそこにあった。
「サンマ…っすよね」
「イエスマム。紛れもなく、サンマだよ!」
「色々突っ込みたいんすけどこれだけは言わせて下さい。先輩馬鹿なんじゃないっすか」
「いやー、家からサンマ持ってくるまでは良かったんだけど、時間が経つ毎に生臭い匂いが漂ってきてさ、鞄に染みついちゃったよ」
「こんなくだらない企画にそこまで体張った度胸だけは敬意を表するっす」
どうやらミスター・ビーンよろしく鞄の中に生のサンマを入れて登校してきたようだ。もうそれを聞いただけで他の質問はどうでもよくなってしまった。この人は自分が面白いと思ったことさえ実行できれば、後は他人や自分がどうなろうと関係ない愉快犯なのだ。
「…ちなみに、調理方法は」
「ありの~~ままの~~サンマ~食べ~る~のよ~~」
「先輩、ブーム去ったネタ使うのは勘弁してくださいっす。それと多分これ生食用じゃないっす」
それに、朝から放課後まで常温で放置されていたサンマを生で食うなどという度胸は俺にはない。まだ焼いた方が食中毒にはなりにくいのではないだろうか。
「わかってますよーだ。さすがにこのまま食べるわけにはいかないから、良い物持ってきたんだ」
「ほう。嫌な予感しかしないっすけど一応聞きましょうか」
じゃじゃーん、などと効果音つきで出されたそれは、予想こそしていたがまさか本当に持ってくるとはという物だった。土が焼き固められてその中央には大きな空洞があり、十分使われているものとわかる煤があちこちに付着していた、古来から伝わる加熱器具。
「お料理することも暖まることも出来る、類い稀なる発明品!マイ七輪だよ!」
「いやー、やっぱりサンマは七輪で焼くのが一番…。いやいや、ちょっと待ってください。まさかここでやる気じゃないでしょうね」
さすがに先輩に歩み寄って確認する俺。この文学部がある棟は火気厳禁なだけでなく、ただでさえ本やら資料やらと燃えやすい物が多い部室なのだ。さすがに火が出るものは止めなくてはなるまい。
最初のコメントを投稿しよう!