『画霊』

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【1】  随分と古びた寺院があった。  立ち込めた霧は、まるで寺以外の実像を消さんとしているかのように立ち込めている。  此れは果たして妖魔の仕業か、あるいは単なる偶然か。  もし、人外のものだった場合、襷掛けしている鞄の中身と二冊の本だけでなんとかできればいいが。    桃色の髪をした齢十六歳ほどの少年は考え込んでいた。  十二畳ほどの部屋に正方形の机があり、彼は『床の間』が正面となる位置に座っているわけだが、自分以外にも三人の客人が同じように座している。  それよりも気になるものが眼前にある。  畳の匂いを追った延長線上に踏ん反り返った芸術作品だ。  件の作品は、虎が描かれた屏風。  口元には血が垂れていて、絵にいる人間を喰らっているようだ。  まるで、動いているかのように見える絵に少年は魅了されていた。 「どうかなされましたか?」  丁度、屏風がわずかに隠れる位置で正座をしている男が問うた。  住職であろうか。坊主頭と袈裟がそれを物語っている。 「いや、見事な絵だと感服していただけだ」 「まるで生きているかのようでしょう。実際、ここには屏風を見たいと集う収集家も多いのでございます」  皺だらけの顔面がくしゃりと笑う。  桃髪の少年は、墨の香りがする坊主に「そうか」と簡潔に返事をして、虎を眺める作業を再開した。  そこに再び茶々が入る。  今度は右に座っている男がケタケタと笑いながら、話しかけてきたのだ。  スーツを着た中年男は、サラリーマンであろうか。  煙管を吸い胡坐をかいて頬杖をついている三白眼が目立つ。  詰襟にある二つのバッジは、どこか見覚えがある。  冷静になってみると、スーツではなく学ランに見えなくもない。  最近流行りのコスプレなのだろうか。  いずれにせよ、ふざけた男だ。 「これはねえ、屏風の虎だよ。一休宗純という名は知っているでしょう」  一休宗純。  トンチで有名な僧侶と言えば、知らない者のほうが珍しいだろう。
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