例えばこんなプロローグ

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「今日からこの人があなたのお父さんよ。彩加ちゃんは望より2歳年上だから、お姉ちゃんになるわね。」 それまで住んでいたボロアパートを引き払って、ふらりとまるで散歩にでも出かけるように連れて来られた大きな家で 幸せそうに微笑む母に紹介されたのは、優しそうな大人の男の人と、自分よりも幾分か背の高い可愛らしい女の子だった。 「よろしく、してくれるかな?望くん」 子供の俺の視線に合わせるようにしゃがみ込んで、優しくそう言ったその人を俺はすんなりと受け入れていた。 「ありがとう」 コクリと頷く俺に、父となる人は嬉しそうに笑みをこぼし、その大きな手で俺の頭を撫でるのだった。 シングルマザーであった母は、俺を養うため身体に鞭をうち、寝る間も惜しんで働いていた。それでも傍にいてくれる短い時間の中で、彼女は俺を寛大な愛で包み込んでくれた。 そんな母を俺は愛していたし、この環境に不満なんて持ってはいなかったが、幸せそうな彼女を見て、これが最良なのだろうと子供時分に理解した。 だから、 「これからは一緒に幸せになりましょうね」 結婚式の日、ウエディングドレスに身を包んだ母が、俺を抱きしめながら涙を流してそう呟いた時。抱いた感情は奥底に沈めた。 (今までは、幸せじゃ、なかった…?) 建設会社社長、という肩書きを持った義父と一緒になった母は 身体に鞭を打ち働く事を余儀なくされる事もなくなり、専業主婦となった。 今まで以上に一緒にいてくれる母。味わった事のない父親の愛というものを注いでくれる義父。遊び相手になってくれる明るい義姉。 笑顔で満ち溢れた家庭は、酷く居心地が悪く感じた。 平和であればあるほどに。いつかそれが崩壊してしまいそうな気がしたからだ。
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