逆さまの十字架

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「んっ…喉痛い」 俺が目を覚ましたら、隣にあいつはいなかった 良かったなんて安堵したのは束の間 動くたびにジャラジャラと耳に障る 鎖の音に現実に戻った 踝辺りが真っ赤に腫れている その膨らみを見るだけで自分が長時間繋がれている事が嫌でもわかる 起き上がれる気力はない だけど、激しい喉の渇きと汗ばむ体を早くどうにかしたい 台所まで這いつくばり、壁を頼りに弱々しく立ち上がる 水道の蛇口をひねり、頭から水を被ると 必死になって喉の渇きを潤していく まさか、水道水を上手いと思う日が来るなんて… 「なんで、あいつは俺を閉じ込めたりするんだよ」 堕落していく自分が怖くては、逃げるように呟いた だけど決してその呟きについては深く考えたりはしない 怖いからだ そのさきにある物に、きっと救いなど無い 譫言のように囁かれる言葉と求められる言葉 本当はもう気づいているんじゃないだろうか… 浩人が俺に何を求めているかなんて… 猛暑だというのに異様な寒さが俺を包み込んでいく 透明なフィルターに包まれ 自分が自分でなくなっていく感覚に吐き気がこみあがり、風呂場へと急いだ トイレと風呂場までは自由に行けるよう 調節されている鎖 鎖のせいで風呂場の扉を完全に閉めることは出来なかった だけど、頭からシャワーを浴びていると徐々に気持ちが収まっていく その理由は多分 シャワーの音と雨音がにているからだ 水音を聞いているだけで 幸せだった過去に逃げる事ができる このままずっと妄想の世界に迷い込む事が出来るのなら、俺はどんなに幸せなんだろう…
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