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「また、人が増えた」
日も建物に遮られ陰る薄暗い路地裏。その路地裏には不法にゴミが廃棄され黄砂の飛び舞う、この街ではスラムと呼ばれる場所があった。
路上には地面に転がるように力無く眠る者、日を嫌うように建物の隅にうずくまる者、通り過ぎる者に執拗に物をねだり、物乞う者など、実に様々な人間が居る。
ちらりと表通りを建物の隙間から覗けば、煌びやかに着飾り生を謳歌する者たちが見えた。
「な、なにか…食べ物を…」
年老いやせ細った男がそう言って俺のローブに縋り来る。
それを何事もなかったように避けると、老人は必死の形相で何とか物を乞おうと俺に何度も手を伸ばす。
「俺は何もしない者に何も与えない。ただここに這い蹲り、ただ物を乞うだけのお前を俺は哀れには思わない」
男はピタリとその腕を止めた。
「…俺だって…こんなことしたいわけじゃない…。でもしなきゃ生きられないんだよ…。他に生き方なんてねぇ。俺は、俺はなにもしてねぇのに仕事も無くなって、家族も無くなって。…全部、全部お前みたいなヤツらに盗られたんだよ!」
つい、と年老いた男に、蒼の双眸が初めて向けられた。
「お前が、なにもしないからだろう」
「こうなったのは俺のせいだって言うのか!」
「お前のせいだろう。…盗られたのは、お前が守らないからだ。無くなったのは、お前が得る努力を怠ったからだ。ここに這い蹲っているのは、お前が諦めたからだ。…違うか?」
目の前の男が、食いしばるように力を入れたのが分かった。
「しっ、知ったように言うな!」
だだをこねる子供のように、男は地団駄を踏む。
「この生活から抜け出そうと思えば抜けられる筈だ。少ない賃金でなら雇ってくれる所もあろう。だがそれを拒んでお前はここにいるのだろう?それが怠惰でなくて何という?」
そう、生きることに怠惰し他人からの情けで生きることに慣れた者に与える物など何もない。
彼らはただ待っているだけなのだ。
誰かが手を差し伸べるのを。
男は言葉を発することなく、ふらりとどこかへと姿を消した。
俺は何事も無かったように更に奥を目指す。
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