第1章

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 受け取って、その皿をもったまま一片を箸で掴んで口に入れた。  出汁の効いた甘い味。  久し振りに栄養補助食品以外のものを食べた。温かくて美味しかった。  なんだか泣きたくなって、横のグラスを空にした。  自分は目の前の男と何も変わらない。お腹がすいたら食べる。美味しいものは美味しいと思う。眠たくなったら寝るし、生きる為に仕事してお金を稼いでたまに欲しいモノを買って。  ただ、好きになるのが同性なだけだ。  「言いたくないならいいんだよ。何があったか知らないけど、お前が落ち込んでるとみんな心配するからさ」  今度は天ぷらの盛り合わせを松浦に差し出した。そして大きく一息ついて「まあ食えよ」と言った。  白井の笑顔を見ながらせり上がってくる言葉を止めるべきか出してしまうべきか少し悩む。  今までにも自分の事を話したい衝動に駆られたことが幾度もあった。  でも出来なかったのはその後どうなるか怖かったからだ。  どんな反応をするか。見る目が変わったら。  それはよく考えてみると白井がどうのじゃない。  白井の反応を見て傷つく自分。  嫌な目で見られた時の自分。  今まで守り通した秘密を吐露しどれだけ後悔する自分。  全部自分。  聞いた方が迷惑だなんて表面上の思いで、本音をいえばただ自分がかわいいだけ。  今だって自分を守りたい、蔑まれたくないし、嫌われたくない気持ちがある。  でもあの日、宮倉に追い詰められて吐き出した感情。  口から想いを取り出して見せたあの時、ずっと自分だけに仕舞い込んでいた同性を好きになるどうしようもない罪悪感やもの悲しさがふっと軽くなった。  あの感覚が…忘れられない。  楽になりたい。  受け取った天ぷらには抹茶塩と梅塩が添えられていた。  蓮根に抹茶塩をつけて一口齧る。しゃくと口の中に音が響きほのかに抹茶の香が広がる。  「おいしい」  「そうか。……いつ見てもお上品に食べますねぇ」  片側だけ口角を上げた白井を軽く睨む。  差し出したくせにテーブルの向こうからかぼちゃの天ぷらを攫っていった白井は口一杯にそれを入れた。口を動かしながら「焼酎ロックで」とカウンターを振り返った。  「食べながら喋ったら、」  「へーへー」  悪びれもせずグラスに残っていたビールを飲み干した白井はふっと息を付いた。
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