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「俺さあ、一人っ子だからさー」
「……」
「きょーだい出来んの、意外とうれしい訳よねー」
「……」
箸で肉じゃがをつつきながらぽつんぽつんと言う。
途中女将が持ってきたいつもの焼酎を舐めるように飲み、「あんまり落ち込んでるとさ、気になるよ」とこぼした。
白井の言葉がずしんとくる。
「あ、そうだ、紗奈が今度うちに来いってさ……おい、聞いてるか?」
「……え?……ごめん、えっと」
「だぁかぁらぁ、紗奈が式のなんたらで唯ちゃんと話したいって言ってるの!メール返してくれないって超ご立腹だったぞ」
「……あ、そうだった。ごめんって言っといて。週末に行けばいいのかな?」
怒りながら白井に言い募る紗奈の顔が容易に思い浮かんで苦笑する。
式、かあ。
自分には全く縁のない言葉を口の中でころころ転がしてみた。
そしてごくりと飲み下す。
高校を出ると同時に家を出たすぐ上の姉紗奈と再会したのは就職して二年目の秋だった。
松浦と二つ違いの姉、紗奈は兄二人、弟一人の男兄弟で育ったせいかもともとの性質なのか幼い頃からとても気が強かった。
引っ込み思案で身体つきも華奢な松浦と違い大柄で小学校の低学年の時松浦をちびとからかう同級生をのして追い払った時には背後で見ていた松浦が震えるほど怖かった。
今でも覚えている。啖呵を切る、その言葉一つ一つ発するたびに肩の下で切りそろえられた黒髪が小さく揺れる。振り向きざま自分を見た紗奈の顔。潜めた太い眉を緩め頭を撫でてくれた。
兄二人とは自分でも似ていないと思うし周囲からそう言われたこともなかったが紗奈とはよく似ていると言われた。確かに鏡を見ると似ている。二重の目、小ぶりの鼻も。しかし紗奈はそこにいるだけで目立つ子だった。自分は似たような顔をしているのに印象が薄くて、クラスメイトにも卒業した途端忘れられていく。昔はそれがどうしてなのか不思議だったのだけれど今は……少しわかる。
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