第1章

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 自分を見る目が笑って見える。  長く自分の傍にいる人間を疑うのはとても疲れることなんだと知った。  特に付き合いの長い山下は自分の不調を早くから感じ取っていてさり気なく声をかけてくる。  その優しささえどこに向けたものなのか、同情なのか勘繰ってしまう。  そんな自分が嫌で嫌で仕方がない。  胸に感じるむかつきに松浦は大きく息を吐いた。  「松浦さん、……今度奢ってくださいよ」  後ろから聞こえた山下の声はさっきとは打って変わって明るいものだった。  気遣ってくれている、その気持ちをまっすぐ取れない自分は性別とか性癖とかそういう以前に人として最悪だなと思う。  山下の優しさが背を押した。  ずっと先延ばしにしていた事を、今日こそ実行しよう。    「うん、来週末にでも飲みに行こうか」    振り向いて山下を見ると、一瞬眉を寄せた山下が微笑み大きく頷いた。  「いよぅ、デートのお誘いありがとおぅ」  テンションの高い男がデスクの前までやってきてにやりと笑った。  「……デートじゃないけど。もう終わったの?」  「まぁね?」  午後七時。いつもなら前の男、白井もまだまだ仕事中の時間だ。  昼、山下が食事に出かけた後すぐに白井にメールした。  あの日からずっと迷っていた。  宮倉の言った言葉、「みんな知っている」は松浦の心に暗い影を落とし続けている。  誰も何も言わない。  何も言わないのならこのまま逃げ続けるのもいいかと思っていた。  行動を起こすことは苦手だ。  その前と後、どっちが生きやすいのか慎重に計る。その結果ほとんど起こすことはなかった。  「こっちも終わった。じゃあ行こうか」  「唯ちゃんが誘ってくれて嬉しいわー、いこいこ」  腰をぐにゃぐにゃと動かす白井を一睨みする。  白井は昔から機嫌がいいと松浦を「ゆいちゃん」と呼ぶ。嫌がるから余計にそう言うようなので放っていたが職場で呼ばれるのは不本意だ。  「唯ちゃんって言うなよ」  「へえへえ」  と舌でも出てきそうな気のない返事をした白井はもう振り返って山下と雑談を始めている。 大きく息を付いた松浦に瀬戸が寄って来て「ゆいちゃんって呼ばれてるんですか」と変な笑顔で聴いてきた。 「呼ばれてない!」 大きく違うと右手を振ったけれど瀬戸の変な笑顔はそのままだった。 こういう事を言うから一階で待ち合わせしたのに。
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