第1章

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一番嫌な記憶は薄い膜を重ねるように日を追うごと薄くなっていった。 誰も知らない、自分しか知らないこと。 隠しても捨ててもどうでもいいものだ。 もしかして夢だったのかも知れないと思う程記憶はぼやけ、このまま夢として処理しようと思っていたのに。 なのに…… なのに宮倉の目はあっけなくその記憶を引っ張り出した。 頭の中に、肌の上に。 書類を束にしていた両手が小刻みに震え息苦しさを感じた時「おい」と肩を叩かれた。 顔を上げると眉根を寄せた白井が「大丈夫か?」と肩を撫でるようにした。 触られた肩に直接当たるのは布地なのに肌に電流が走る。 背に嫌な汗がジワリと湧く。 触られたくない、嫌だ… おかしく思われないようゆっくりと肩から白井の手を剥した。 「ごめん、大丈夫」 誰の顔も見ることが出来ず松浦はデスクの端に視線を落とし薄く笑いを浮かべた。 「……おい大丈夫って、」 そんな松浦を見、白井は山下を振り返った。山下が小さく頷く。 暫く一点を見ていた松浦はふっと一息ついて顔を上げた。 「ごめん行こうか」 「あ?ああ、そうだな、行くか」 白井が声色を無理矢理明るく変えた。 山下も、白井も自分を気遣ってくれている。その気持ちが二人の行動すべてを包んで自分に当たると優しくはじける。 記憶は……そう簡単に消えてはくれないらしい。 怖くて宮倉を見れなかったのは、忘れたい自分の自己防衛だったのかもしれない。 でも……いつか忘れられる。 語り合う人のいない記憶だ、昔恋を忘れたようにいつか、宮倉か自分が異動になって見ることも、声を聴くこともなくなればきっと。 それは時間が…どうにかしてくれる。 今自分がしなければならないのは…宮倉の言った事「みんな知っている」の真偽を確かめる。 それしかない。
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