第3章

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「まだ泣いてんの?」 黒い影が囁く。 首を振っても見えそうにない、けれど怖くて声を出せずそうするしかなかった。 顎を掴まれて上を向かされる。 闇に慣れつつある視界が人の輪郭を捉えた。 ゆっくり近付いてくる。 乾いた唇に宮倉の親指が触れた。 ぐいぐいと左右に強く圧し潰した唇から親指を離すと今度は吸い付いた。 頭で考えるよりも先に手がで出ていた。 頬を叩いた松浦に小さく舌打ちした宮倉は松浦の両手首を壁に押し付け再度唇を合わせてきた。 頭を揺すっても口に吸い付いた宮倉が離れる事はなかった。 何回か首を振った後に抵抗しても無駄だと諦めた。 好きなだけ口内を貪った宮倉は離れた唇を松浦のこめかみや頬に押し当てる。 「満足か?」 「は?」 「僕をコケにして満足か?」 「……」 「どこまで馬鹿にしたら気が済むんだ?僕は……君が好きだったよ。好きだったけど、だからって君の横暴を許せる訳じゃない」 「さっきは忘れるって言ったよな?」 くすっと笑った宮倉に松浦の顔が歪む。 「もう僕に関わるな!」 怒鳴り拘束を外そうと暴れる松浦を楽しそうに「それは出来ないね」と宮倉は眺めていた。 「俺が好きなら俺にしとけよ」 聴こえた言葉に松浦の動きが止まる。 「は?」 間抜けな声を出した松浦を宮倉は引き寄せた。 ぎゅうぎゅうに抱き締められる。 呆然とした松浦を抱き締めたまま宮倉が部屋に上がろうとしたので慌てて松浦も靴を脱いだ。 絡まるように暗い部屋を進んでいるが、松浦は宮倉の胸に顔を押し付けられて室内だという他はよく分からなかった。 宮倉が少し身を屈めたような感じがして、ドアを抜けたんだと思った。 急にぽんと突き飛ばされ身体が柔らかい衝撃を受けた。 少し弾む感じに自分を受け止めたものがベッドだと分かった。 部屋はカーテンの隙間から少しだけ光が入っていて暗いが玄関に比べると視界がよい。 シュンとエアコンの作動する音がしてそちらを見ると赤く小さい光がチカチカと輝いている。 今度は衣擦れの音。 ぎしっと足許のマットが軋む。 ゆっくりと宮倉が近付いて来るのが分かる。 胸が高鳴る。
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