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先を行く、白井の後をついて部屋を出るまで視線を感じて息苦しかった。
見なくても分かる矢のようなそれは身体中に突き刺さる。
なんでそんなに見られているか分からない。
扉を閉めた瞬間、松浦は大きく息を付いた。
「おい」
真後ろから声を掛けられ肩がびくりと反応する。
「お前……ほんとに大丈夫か?」
白井が肩を掴み松浦を覗き込んだ。
身体が固まる。
目の前の男は白井だ。こいつは白井なんだ。
呼吸を忘れた喉に詰めていた息をゆっくり吐く。
「家の方がいいんじゃないか?」
「いや、……外がいい。僕は大丈夫だから」
扉のノブを持った自分の手を見ながら松浦は曖昧に笑った。
横が大きくふうとため息をついた。
「じゃあ、まあ、……行くか」
後ろ頭をがりがりと掻いて白井は歩き始めた。
急いで横に並ぶと「あとでな」と白井は前を向いたままぼそっと呟いた。
いつもの居酒屋に入ると「あらいらっしゃい」とカウンター越しに声がかかる。
「今日は早いのね。ここどうぞ」
普段に比べると幾分早いせいか、大抵カウンターしか空いていない店内なのだが今日は客がまばらだ。
女将が目前のいつもの席を指すと白井は奥に顔を向けて「今日はあっちがいいな。いい?」と顎で指した。
畳の座敷席は二つしかなく狭いが壁で仕切られているので……まあ、カウンターより話しやすい……かも知れない。
白井の後から座敷に上がり正面に座る。背広を脱いでいる途中で白井と目があった。
「お前……ほんっと痩せたな。山下が心配するわけだ」
ため息交じりにそう言われて「そうかな」と返した。自分でも落ちたと思う。でも食欲が湧かない、しょうがない。
「適当に頼むぞ」
「うん」
すぐに女将が注文を取りに来たので白井がメニューを見ながらぽんぽんと注文していく。品数が明らかにいつもより多い。そんなに食べられそうにないのに。今から気が重い告白をしなければならないし。
宮倉への片恋の噂を質すのに、自分の性癖を隠し通せるかどうか…随分と考えた。しらばっくれて笑い飛ばすのも出来そうな気がするが白井にはちゃんと話したほうがいい。
さんざん悩んでそう結論付けた。自分の中でそうする、そうしなきゃならない理由も存在している。
(胃が痛い……)
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