コインロッカー

2/12
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
コインロッカー、そこが私の生まれた場所だと知ったらどれだけの人間が信じるだろう? いや、コインロッカーから生まれただなんて言うと妖怪じみているけれど、もう少し詳しく話すなら赤子の私はコインロッカーに放り込み、顔も知らない親は姿を消しただけのこと。子供は親を選べないように、親だって子供を選べないし、生まれる場所も選ぶことはできない。誰かに聞いた話だけれど、子供が産まれるのは母体の意志からではなくて、それは自然の行為なのだそうだ。まばたきや呼吸を意図的に止めることができないようなことで、いつどこで産まれるかなんて誰にも選べない、選べるとしたらこの世界のどこかにいる神様だけだろう。 「そうしけた顔をするなよ。お前は幸運なほうなんだぞ。よくテレビのバラエティーなんかで一人で出産したなんてあるけどな、あんなのはラッキーだ、たいていの場合はどうしていいのかわかんなくて、衰弱させちまう」 と私の育ての親の男は飯を食べながらそう言った。ゴツい身体に立派なもみあげのくせして手先は器用で家事一般をこなす大男だ。人は見かけだけじゃ判断できないという見本ののうな男だ。 「もう、何度も聞いたよ、その話は、ようは産まれてきたのは幸せで、感謝すべきなんだろ?」 憎まれ口とわかっていても、感謝できずに皮肉を返したくなる。コインロッカーの中で死にかけていたところを、この大男に見つけられなければ私は今頃、衰弱して死んでいただろう。だからって素直にお礼を言うようなことはできない。 感謝とか恩義とかそういったことを、持ち出すのが怖いのだ。この大男のことは、血は繋がらなくても親子だ。そう思いたいなんて気恥ずかしくていえないけれど、 「そーそー、お前はそうやって感謝してればいいの、だからさ、俺のこと一度でいいからパパって呼んでよ。一度でいいからさ」 「うっさい。黙れ、クソジジイ、私はそんな背筋が痒くなるような名を呼ぶわけないだろうが、気持ち悪い」 いや、本気で気持ち悪い、大男が身体をくねらせてパパと呼べと迫ってくるのだ。ときどき、こいつがオカマなんかじゃないかと思ってしまうのはおかしいだろうか? 「ブーブー、イスカちゃん、ヒドい、パパのことクソジジイだなんて、俺はまだ三十路だってのにさー」 「三十路でその体格なら充分、クソジジイだよ。このボケ!! あと、イスカちゃんだなんて呼ぶんじゃねぇ!!」
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!