第一章 目覚め

15/26
前へ
/151ページ
次へ
「あ、また先輩苗字で呼びましたねー。奈菜って呼んでくださいよー」 ブゥと唇を突き出し不満を口にする彼女はとても愛らしい。 彼女は”猿渡”という珍しい苗字が嫌いらしく、必ず出会った人には、下の名前で呼んでくれと言った。 彼女の口癖は はやく結婚して苗字を変えたい、だ。 「あー、ごめんね、奈菜ちゃん」 紗江理は適当に謝罪した。 下の名前で呼ばれ満足した猿渡奈菜は、背後から画面を覗きこみ 「プレゼン完成ですか?」 とたずねてきた。 「うん、なんとかね」 「先輩、言ってくだされば私も手伝ったのにー」 モミモミと紗江理の肩を揉みながら、彼女はそう口にする。 「ありがとう。……じゃあせっかくだからチェックお願い。わかりにくいとことか、見にくいとことかあったら教えてくれる?」 紗江理はUSBにデータを移し、彼女に手渡した。 「はい!」 彼女はビシッと敬礼のポーズをとると、自分の席に戻り黙々とチェックを始めた。 彼女は普段は明るく陽気なキャラだが、研究に対する態度は至って真面目である。 紗江理が担当するプロジェクトにはなくてはならない存在だ。 入念なチェックを終えた頃。 会議開始20分前。 「よし、行くか」 紗江理は、少し乱れたポニーテールを縛り直し、成果報告会議が行われる第二会議室へ向かった。
/151ページ

最初のコメントを投稿しよう!

77人が本棚に入れています
本棚に追加