第一章 目覚め

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紗江理は口から心臓が出そうなほど緊張したが、なんとか失敗することなくプレゼンを終え、質疑応答もしっかりと行えた。 感触は良好であった。 プロジェクト継続かどうかの最終的な審判は、明後日の会議で下される。 それまではまだ気は抜けないが、なんとか一つ山を越え、気が楽になった。 会議後、紗江理は奈菜に誘われ、カフェで昼食をとることにした。 食後には、少し奮発して、デザートに特上チーズケーキを注文した。 ここまで頑張った自分にご褒美である。 久しぶりに口にするスイーツはとろけそうなほど美味しく感じた。 余韻に浸っていた紗江理の顔を眺めていた菜奈が言った。 「ふふっ先輩の幸せそうな顔、久しぶりに見た気がする」 「え?」 「最近話しかけても、先輩、ぜんっぜん笑わなかったじゃないですかー!仏頂面っていうか」 「そんなに怖い顔してたかな、私」 「してましたよ!だからちょっと心配だったんですよ、私も皆も!……先輩、いつも一人で頑張って抱えちゃうし」 「そっか……」 全然気がつかなかった。 自分が笑ってなかったことも、皆が心配していてくれたことも。 「わかった。気を付けるね」 「いえ!全然わかってない! 先輩の場合、気を付けるっていうか、むしろ、気を抜いたほうがいいです! うつ病の薬研究してるのに、根を詰めすぎて、自分がうつ病になっちゃったらどうするんですか?ヤバイですよ!かなり」 「確かに、それはヤバイね…」 菜奈の言葉に紗江理は苦笑した。 紗江理は昔からそうだった。 何かに集中すると周りが見えなくなるのだ。 複数のことを同時にこなすことが苦手だ。 自分の研究論文だけ書いていればよかった学生時代なら、まだいい。 しかし、プロジェクトチームをまとめる立場にいる人間には致命的な欠点だ。 でも、それをこんなにハッキリと面と向かって話してくれる人がいてくれてよかった、と紗江理は思った。 社会人は何もかも自己責任だ。 大人になってから、こういうふうに欠点を指摘してくれる人間はなかなかいない。 菜奈のような人は、本当に貴重な存在だ。 「ありがとね、菜奈ちゃん」 紗江理は久しぶりに微笑んだのだった。
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