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穏やかに、そう話す彼女の横顔はよくふたりでデートをした時に見かけたものと少し違って見えた。
「父はたぶんカミングアウトを聞いて怒っていたでしょうけど。もう済んだ話にしたいの。私も」
「……」
親にぎこちない思いをさせた半分は自分だ、情けないと力なく笑っている。
もっと上手く取り止めにすればよかったのに。
それでもあの時、どうしても足が先へ進んでくれなかった。
「私はやっぱり、ホモって理解できないけれど」
「……」
「ゲイ、だったよね。ホモじゃなくて」
何も言葉が浮かばなくて、ただ笑顔を向けながら頷くので精一杯だった。
ひどく長い間、結婚式の随分前からずっと、重く鈍く、彼女を苦しめた痛み、それを与えた俺をこんなふうに受け入れてくれる。
もうそれだけで充分だから。
「もう会うことはないね」
「……」
「さようなら」
彼女は並んで歩いた道を引き返して、自分の場所へと戻って行く。
俺はそれをじっと見送りながら、謝罪の気持ちと一緒に、彼女の幸せをただただ祈っていた。
細く華奢なあの背中
その隣に寄り添うように歩いていく誰かを
どこかにいる誰かを思って
見えなくなるまで、彼女を見送っていた。
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