井上誠一という男

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その店は港町として有名なある街、海岸沿いの裏通りにある。 ガス灯を模した照明に照らされる、レトロな煉瓦造りのダイニングバー。 名は「ルナ・ノーチェス(月夜)」。 ジャズピアノと歌姫が奏でる調べが流れるわずか20席の店内は、今宵も満席だ。 「お客様、ご注文をどうぞ」 店内の半数を占める女性客の視線を集める一人のウエイターがいた。 少し茶色がかった短髪。 整った目鼻立ち。 無駄のない、てきぱきとした所作。 180cm以上ある体躯を包む、パリッとした白いシャツに黒のベスト。 黒色で統一されたズボンと腰巻きタイプのロングエプロンが彼の長い脚を一層際立たせている。 まだ入り立ての後輩があたふたしている様子を見れば。 「翼、2番テーブル対応しろ。俺が8番行くから」 さりげなく、あくまでスマートに指示を送る。 その様子を見て、40代後半くらいの女性バーテンダーがぽつりと呟いた。 「井上くん、上手くフォローしてるわね」 隣にいる、黒髪の男性バーテンダーが小声で答える。 「あいつ、結構面倒見いいですから」 「根はいい子だとは思うのよ」
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