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「ねぇ、今ここでキスして」
「嫌だ。リスクが大きい上に、俺に何の得もない」
麻斗(マト)は何時も突拍子の無い事を言う。春季(ハルキ)はそんな彼女の予測不可能な行動が嫌いではなかったし、寧ろ退屈しのぎに打って付けだと考えていた。しかし放課後とはいえ、夕暮れに染まる理科準備室はいつ人が来るとも限らない。その上、右端、扉の奥には新任の教師がまだ机に向かっているはずだった。
「何よ、ケチ。杉本とはするのに、私じゃ何がいけないわけ?」
覗いてたのか。
悪趣味なヤツだな。
「杉本はそんな風に迫ってこない」
「へぇ、意外・・・アイツの方が飢えているように見えたから」
そう、初めに手を出したのはアイツ。
でも、焚き付けたのは俺だ。
「けど杉本ってさ、何か複雑だよね。表面はああ見えて、実は結構な―――」
「うるさいよ」
春季が力任せに麻斗の腕を引く。
「ちょっとッ!?」
バランスを崩した彼女を彼は器用に受け止めた。
そして頬に手をあて、目を閉じる。
視界の端に、僅かに長い影が重なるのを見た。
それは一瞬の出来事だった。
「春季の味がする」
真っ赤に染まった光を浴びて、麻斗は小さく呟いた。
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