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「いきなり黙りこんでどうしたんだ?」
日頃、側に居ても実験器具と殆ど変わらない扱いを受けている春季にとって、杉本から話しかけられたことは正直、驚きだった。勿論決して顔には出さないが、嬉しかったことは言うまでもない。
「ちょっと、昔の事を・・・・思い出していました」
「思い出は綺麗だろう?」
「俺のは嫌なことばかりですよ」
理科準備係が終了した後も、特に何をするわけでもなく春季がここに入り浸り続けて、もう一年以上が経っていた。
死神・・・ね。
次は俺の番か。・・・・・・当たりだな。
クスっと笑った春季に目を向けて、杉本が面白そうに云う。
「そんな風に笑えるのは、幸せだからだろう、」
「俺が幸せだと思う瞬間が、あなたに分かりますか?」
軽く息を吐き出して、杉本の口角が上がる。ずっと傍に居たものでなければ分からないほどの微かな変化だったが、杉本は確かに笑っていた。
「お前、全然素直じゃないんだね。もっと正直に生きないと損だよ」
それは、先生。
お互い様ですよ。
春季は目を細めると言葉を続けた。若しかすると、いつもの仕打ちに一矢報いることができるかもしれない。麻斗の褒める形のいい唇が、自然に緩んだ。
「まず隗より始めよという言葉がありますね。素直になれと云うのなら、」
あなたが手本を示して下さい
「面白いね。まるで昔の自分を見ているようだ」
人形も完璧な笑顔を春季に向けた。
優雅に身を翻してその美しい顔が近付く。
一瞬、ふわりと微かにコロンの匂いが掠めた。
それが、春季にとって杉本との初めての口づけだった。
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