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「いやっ…いやっ…いや……!」
布団の中で女性は頭を抱えてぎゅっと目と瞑った。体を強張らせて、固くする。心臓がどくんどくんと胸を打ち付けた。
その鼓動が耳元まで聞こえてきた。
湿った荒い呼気が小さな密閉空間に充満する。体温で温められているはずであるその中は、雪が降り積もる冬のように冷めていた。カチカチとなる奥歯が恐怖で震えているのか、それとも寒さで震えているのか分からなくなってくるほどに。ここは本当に自分の部屋であるのか、それとも外であるのかも分からなくなってくるほどに。
女性は息を飲んだ。
『気配』が、『動いた』。
『後ろを向いていた』のが、『こちらを向いた』。
脈拍が加速する。
ひた、
ひた、
ひた、
ひた、
にたぁ。
――笑った…!
――笑ってる…! 笑ってる…!!
呼吸が出来ず、はっは、と小さく肩を揺らす。
暗闇に閉ざされた布団の中で女性はぎゅっと弾力のある布と綿の塊を固く握り締める。剥がされるかもしれない。そう思っただけで全身の力は掌に集まった。
見えていないはずなのに…――否、布団の中は暗闇に閉ざされ視認できるわけがない。そうであるにも関わらず、女性は確かに感じていた。
自分自身を見下ろして、『笑っている』。
『何か』が、目の前にいる。
その気配が肌から染み込み、全身がその『何か』を感じていた。
なおも不愉快な携帯電話の音は部屋の空気を蹂躙し続ける。布団越しでも、はっきりと聞こえてきて気が狂いそうになる。
「ごめんなさい…」
女性の口から、そんな謝罪が漏れた。
すると堰を切ったように、感情が零れだした。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、携帯電話を捨ててごめんなさい、壊したりしてごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、もうしません、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…――」
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