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念仏のように「ごめんなさい」と口が紡ぎだす。
狂ったように鳴り響く電子音を聞き続けていたせいか、彼女の思考は正常に働かなかった。
呪文のように何度も謝った。
訳も分からず繰り返した。
本当に謝罪の意思は無い。
とにかく、「ごめんなさい」という、謝罪の言葉が彼女の頭を支配していた。それが口から吐き出されていた。
許してもらえれば助かる――…暗闇の中で見えない光を求めた。
一寸先さえ見えない中で、希望にすがった。
すると、『気配』に動きがあった。
ひた、と、音なき足音が、一歩、二歩と遠ざかったのだ。
彼女は顔を上げていた。
許してもらえたのだと、そう思った。
思ってしまったのだ。
にぃい。
全身が覚えた『笑い』に戦慄する。
途端、ぎゅうぅっと全身が締め付けられた。布団ごとまるで抱き込むように、『何か』が『誰か』が、彼女を締め上げ始めたのだ。
「あ、あ、ぁ、あぁ、ああ…! がぁ、あ、ぁっ…!」
ぎしぎしと骨が軋む。喉を圧迫するような苦しみに吐き気を覚え、口からは唾液が零れる。切れ切れの悲鳴が生まれる。目尻から暖かな液体が溢れて頬を伝い落ちた。
ねぇ、なんで携帯電話こんなにしたの? しかもどうして捨てたの? 僕達友達だよね? 何でこんなことしたの? ねぇねぇねぇねぇねぇ?! 僕とメールするのが嫌になったの? 違うよね、もちろん違うよね? だから君が捨てたのを拾ってあげたんだよ。君の机の上においてあげたの! わかるだろ? 僕達友達なんだから携帯は持ってないとダメなんだよ、わかるよね? 携帯電話は一心同体だよ。僕とお話するための道具なんだよ、つまり僕自身なんだよ? わかるよね? ねぇねぇねぇねぇねぇ!?
耳元で聞こえてくる男児の声。
彼女は口から謝罪の言葉を発することを許されず、あ、が、と声になっていない喘ぎを零す。目玉がひん剥き、鼻からは水が垂れて口の中に流れ落ちた。
彼女はひたすら胸裏で唱えた。
謝罪の言葉を。
救済の言葉を。
必死に息を吸い込んで、何度も何度も、何度も何度も何度も繰り返した。
ただひたすら体を締め付ける存在から逃れるべく、壊れた玩具のように繰り返す。
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