不幸へのご予約

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 浅川と出逢ったのは、現在とは違う店で、働いていたときのことだった。  五年前、その店でも、あたしはまだ見習い中のド素人で、くる日もくる日もシャンプーの研修ばかりの毎日だった。  その日、浅川は予約も入れず、店に飛び込みでやってきた。  先輩スタッフたちは、予約客の対応に追われていた。仕方なく、あたしが浅川の対応をすることになった。 「誠に申し訳ございません……只今、手の空いているスタッフがおりませんので、しばらくお待ちいただいてもよろしいですか?」  スーツ姿の、どこにでもいるようなビジネスマンといった風貌の浅川。 「キミは……?」 「……私は、見習い研修中でして、お客様の担当というわけには……」 「こっちは、かまわないけど」  浅川のムチャぶりに、思わず閉口するあたし。  店長は浅川にひととおり事情を説明したが、浅川はあたしを担当にしてくれの一点張り。 「神代さん、あのお客様と知り合いか何か?」  店長の、もっともな質問。 「ぜんぜん、知りません……初めて、お会いしたお客様です」 「とにかく、技術云々より、あなたを気に入ったみたいだから、お願いできる?」 「えぇっ?! そんなのムリですよ……カットモデル以外、あたし人間相手にハサミ握ったことないんですから」 「だれだって、最初は初めてよ」 「トラブル起きたらどうするんです? 取り返しつきませんよ」 「むこうが、どうしてもって聞かないんだから、自己責任でしょ」  美容師の免許は持ってるので、法律的には問題ないんだろうけど、心の準備ってものがある。  ……とは言え、この業界もご多分にもれず、競争社会なわけで……多少の客のムチャぶりは、受け入れていかなければ生き残れない。  そんなわけで、浅川暢彦……彼があたしの、記念すべき、お客様第一号となった。
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