第1章

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俺を笑わせようとして、待ってましたみたいな。 だから、なんか祖父を思い出したんだ。  二つ目。実はこっちが本当に大事な理由なんだ。 俺の汗臭いだろうに。薄汚れたYシャツから伸びた手。  犬の手なんだよ。  人間の手じゃないからさ。何も掴めないし。 悪さもしないし。しかも近寄ったら。(恐怖は無い。) お手みたいな仕草とか、するんだよ。  エサをあげる事もできないし。頭を撫でる事も。 何か、俺って何も出来ない気がして。笑ったよ。  お前どっから来たんだい。何か俺に出来る事はない? でも、Yシャツから出た犬の手は、特に何も要求しない。 しょうがないから、手を撫でてみたいした。温度もある。 普通に犬がそこにいるみたい。何かの演技なのかな。  どうしようもない。どうにもできない。  シャワーを浴びて。缶ビールを持ってきてから Yシャツへ一目散に向かったんだ。  もう、何も無かった。どこへ行ったんだろう。 名前くらいつけてやればよかったのかな。 今からでも、遅くないかな。ジョンがいいかな。 ありきたりだけど。うん。ジョンにしよう。  ジョン。また来いよ。出来れば手だけじゃなくって。 お手とかいいからさ、飯食いにこいよ。ペットは 飼えないんだけど、Yシャツがペットだなんて誰も。 すげえワクワクしたぜ。そうだろうジョン。 お前と、田舎の迷って道に迷ったあの日。  そっか。お前、あの日俺が飼い主の家を探した時の あの時のジョンなのかな。薄汚れたYシャツみたいな コロコロした柴犬だったな。憶えてる。おまえだろ?  あ、やばいわ。酔いが。まわ。って。ジョン。  ジョン。  *ワン*   「犬を飼いたいから実家に帰って、仕事を辞めるとか 世の中を舐めてるんじゃないのか?遊びじゃないんだ。」  社長の意見は正しいと思う。俺は馬鹿だと思う。 でも、マンションの入り口に里親募集の貼り紙を見た。 マンションのゴミ回収所に、住み着いて困っていると。 全く同じ、あの道に迷った日の濃い茶色の毛並み。  爺ちゃんが言ってた【八分目の程】が大事。  馬鹿で結構。俺は実家を継いだ、親父。つまりは今の 棟梁になっている親父の弟子に、余りに遅いとは思う。 でも土下座して願うつもりだ。親子であろうと門弟に してもらえるまで諦めない。それこそが「程」だ。  いいよな?ジョン。  *ワン*  よし、いくぞ。
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