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【姫君のあやまち】
がしゃん。
冷たい鉄格子がぴしゃりと『諦めろ』と告げた。
この世は平和平和で回っていて、アマリネはの宿敵は毎日人に悟られないように噛み殺す欠伸くらい。
銀絹のような健やかなパールシルバーの髪端の枝毛を繕う事が日課という程退屈極まりない日常は、これまたありがちな盗賊団の襲撃による誘拐というベタな展開によって思わぬ形で新たな局面を迎えることとなった。
ジニア国第一王女アマリネ、そんな肩書きが乗っかる彼女は今や、身代金と引き換えに解放される囚われた深窓のお姫様といったところか。
格子窓から斜めに射し込む三本の筋が朝の訪れを教え、膝を抱えて眠ってしまっていたことを知ったアマリネはその可憐な唇を大きく弛緩させながら、息を吐いた。
わざわざ手指で隠す必要もなければ、唇をふよふよさせてやり過ごすこともない。
「あはは、自由っ!」
悲しむそぶりもなければ、悲観することもなく、アマリネはブルーダイヤの瞳をキラキラさせてシフォンドレスの裾の端っこを摘まんでくるりと回った。
その時、床の上で澄ましていた大粒の綿埃がぶわりと一気に舞い上がり、それに驚いたアマリネは思わず「きゃっ」と口から漏らして床に引きずられるように突っ伏した。
「……、ドレスが」
腕の力で上体を起こして見えた惨状に泣くよりも笑いが込み上げて、アマリネは大はしゃぎする。
幼少の頃、こっそり乳母の目を盗んで落葉の湯舟でヒラヒラ飛ばした紅葉に見立て寒空の蒼穹を振り仰いだ記憶が甦り、アマリネはふよふよ浮遊する綿塊を何度も何度もどん詰まりの固い灰色の天井目掛けては投げ、鈴を転がしたように笑った。
――二日目。
いくら待てど暮らせど助けが来る気配が薄い。無いわけではないのだろうと思う、しかし余りに退屈すぎた。
目線にある鉄格子の四角い窓の外を高いヒールの靴でうんと背伸びをして眺めれば、くたびれた看守の男が船漕ぎしていた。思いきり鼻提灯を膨らませている様子が極度の鼻炎持ちを無言でアピールしてくる。
握っていただろうアックスが、今にも腐りそうな色の木製ベンチに座る看守の手からぽろりと離れたのか、薄汚い石畳の床に垂直に突き刺さっていた。
「あの男……強いのかしら」
アマリネからは、胡座をかいた男の頭頂部しか見えない。
大陸では珍しい翡翠の髪は短く軽い。ちらり見える胸板の厚さからそれなりの体格が窺えた。
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