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 太刀? 新藤の右手は左の腰に添えられたまま微動もしていない。腰を落して左右すいすいと動きながら、本来なら刀の柄(え)がある位置に張りついている。  テルがいった。 「そういえば、あいつ、剣道とか長刀だけじゃなかった気がする。一番得意なのは確か……」  柔術場で動きがあった。新藤の逃げ足にしびれを切らしたクニが思い切り跳びこんだのだ。100メートルのスタートダッシュの勢いで、右手を引いたまま小柄な男子生徒に突進していく。新藤は今回は後ろにステップバックしなかった。その場でさっと身体を反転させ、右のパンチだけ避けると、裂帛(れっぱく)の気合を放(はな)った。 「ドゥーーーー!」  左の腰から長く伸ばしたてのひらがクニの右脇腹に走った。無刀の手が日本刀のように尾を引いてきらめいたようにタツオには見えた。テルが笑いながらいった。
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