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江戸中期。
鳥取藩にひとりの浪人が現れた。
浪人は滅法、剣の腕が立ち、鳥取藩に士官を望んでいた。
浪人は温和な性格で、ふた月ほど城下で暮らすうち、数人の若い藩士と懇意になった。
その若い藩士はいずれも藩の重役の息子で、彼らのとりなしにより浪人は鳥取藩に召し抱えられることになった。
浪人は大層喜び、若い藩士との仲はますます深まった。
しかし。
少しだけこの浪人、いや今や藩に召し抱えられることになった男には不思議な習慣があった。
どんなことがあっても亥の刻(午後8時)過ぎになると、自宅に帰ってしまうのだ。
男は独り身で身寄りもおらず、なんのために帰る用事があるのか謎であった。
「きっと、忍び妻がいるのに違いない。」
若い藩士達をそう推測した。
そこで、ひとつ男をからかってやろうと談合して、ある夜亥の刻過ぎになんだかんだと理由をつけて男の家に藩士達は訪れ居座った。
男は突然の来訪を驚くわけでもなく、受け入れ上機嫌で彼らと語り合った。
子の刻(深夜0時過ぎ)に差し掛かろうとしたとき、さすがに男は若い藩士達に
「そろそろお開きにしては。」
と言った。
しかし、若い藩士達はここが踏ん張りどころとばかり、話を盛り上げ腰を上げようとしない。
それを見た男は諦めたのか
「わかった。好きなだけ語り合えばよい。しかし、拙者は眠くて叶わぬゆえ、お先に失礼する。」
そういって、木枕を取り出し、ごろりと横になった。
そうして丑の刻(午前2時)を迎えた。
若い藩士達は目をこすりこすり眠気と闘っていた。
男の方は前後不覚の態で眠り込んでいる。
そのとき。
縁側の障子がすーーっと開いた。
何者かが入ってきたのだ。
すると。
若い藩士は眠ったふりをした。
入ってきたのは十六、七の若い娘だった。
やはり忍び妻に違いない。
そう思いながらも若い藩士達は寝入ったふりをしながら、娘の様子を窺う。
娘は立ったまま男の寝顔を見入っていたが、やがてそのまま再び障子を開いて去っていった。
不思議なことに娘が入ってきてから出て行くまで、夢うつつで娘の顔などしかと誰も覚えていなかった。
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