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その日は確か、いつもと変わらない日常を過ごしていたはずだった。
ゴールドブラウンのアイシャドウに、濃い黒色のアイライナー。そこにストロベリーピンクのチークとローズピンクの口紅を添えて、鏡の中の自分に笑いかけてみる。
なるほど……このリップは春の新色らしいが、発色はまず二重丸だ。私の好みではないが、昨日は生憎の雨。今日は気持ちいい程の晴天だったが、昨夜の雨気分を引きずりながら店に来た客が憂鬱な気分にならないよう明るい色を使う方がいいだろう。
手元にある何種類もの化粧品の中から、唇に潤い感を出すと銘打たれたグロスを拾い上げ、最後の仕上げにその透明の液をスライドさせる。
よし、これで準備は万端だ。
「それにしても『世の中金』って良くできた表現だと思わない?」
鏡に映る完璧な自分を見て、ぽつりとそう零す。
この銀色の板に反射して映っている綺麗な女と、たかが数時間の会話に数十万単位のお金を払う奴がいるなんて……いよいよ世も末だと思う。
「富、名声、権力。この三本柱は弥生時代辺りから残る数少ないイデオロギーの一つだからね」
隣の席でキラキラと光る金色の髪を巻いていた信長公が、鏡ごしにこちらを見ながら私の独り言のような呟きに返事をした。
「信長さま、多分そんな昔には貨幣の概念なんてないよ。そのころあるものといえば気軽な繁殖行為とありふれた性病だけ。それよりこのチーク借りるね!」
そう言って、信長の後ろから手を伸ばしたのは、最近一目惚れをして購入したという紫のミニスカドレスを着た信玄だ。
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