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人間の私がフィーネと出会えたのは奇跡としか言えない。
鎖を引きずって森にたどり着いたとき、私は死にかけていた。
手足に枷を嵌められ、ひどい傷を負っていた。
幼い奴隷の脱走――と思うけど、私には記憶がない。
生死の境をさまよったせいか。
それとも苦しい過去を思い出したくないのか。
私はエルフに救われ、聖域の力で一命を取り留めた。
通常、エルフは人間を助けたりしない。
フィーネが私を救うよう懇願したのだ。
その純粋な慈愛の心で私を救うようエルフたちに願ったという。
エルフ族がフィーネの願いを聞き入れたのは、巫女の命を繋ぐための苦肉の策だった。
私が死にかけたとき、フィーネもまた死に瀕していた。
彼女の母親が死に、母を失った苦しみが幼い巫女の命を削っていた。
エルフは老いでは死なないが、悲しみで死ぬ。
それがエルフ族の背負った業。
感応力の強すぎるフィーネは死の際で私の死を感じ取った。
私という死の穢れが巫女にとどめを刺そうとしていた。
「人間を助けたくなどなかった」
私を聖域へ運んだエルフはのちに語った。
「巫女の母君を殺めたのは人間だからな」
人間の国々とエルフ族との関係は決して良好でない。
フィーネの母に手をかけたのは暗殺教団の暗殺者だった。
暗殺教団の総本山は東と南の果てのどこかにあると言われ、山の翁と呼ばれる不死の老人が統べる。
教団は各地から赤ん坊を買い集め、山の上の訓練施設で暗殺者として育てあげる。
殺しを金で請け負い、暗殺者を送り込む。
教団の情報が漏れるのを防ぐため、目的を果たした暗殺者はすみやかに自害する。
一人一殺。
それが暗殺者の生き様だ。
今回の暗殺は、巫女を消すことで森の力を削ぐのが目的だったのだろう。
しかしフィーネの母が潜入にいち早く気づき、愛娘を庇って犠牲となった。
エルフ族の精鋭たちが暗殺者をすぐさま魔法で縛ると、任務失敗を悟った暗殺者は毒を仕込んだ奥歯を噛み砕いて死んだ。
教団のやり口だ、とエルフたちは悟った。
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