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森の時間はゆるやかに流れた。
フィーネの心の傷は少しずつ癒えていった。
母親の墓――エルフは墓石の代わりに苗木を植える――の前で彼女は告げた。
「おかあさん、私はもうさみしくないよ。
大好きな人といっしょだから」
フィーネは私を必要としてくれた。
そのおかげで私が聖域に留まることをエルフたちも黙認している。
フィーネと暮らし始めて早数年。
私の背は伸び、胸も膨らんできた。
だけどフィーネは幼い姿のまま。
エルフの外見年齢は二十代より老けることはないけど、巫女はもっと早く成長が止まる。
永遠の少女。
純潔の証であるその幼さは、森による祟りのように私には思えた。
◇
「森を出よ。
そして二度と近づいてはならぬ」
ある日、私を呼び出したエルフたちは唐突にそう告げた。
「まさかそなたがこれほどまで巫女と心を通わせるとは思わなかった。
そなたが死ねばその悲しみで巫女は死ぬだろう。
二人は近づき過ぎたのだ」
別のエルフが言葉を重ねる。
「人間であるあなたは百年と生きられないでしょう。
ですが巫女は幾千年も森に仕えるおかたなのです」
「今ならまだ間に合う。
巫女はそなたとの別れを悲しむだろうが、しかし死別よりは浅い。
そなたがどこかで健やかに過ごしていると思えば別れの悲しみも安らぐだろう。
いつか、人間の寿命がとうに尽きるほどの歳月が過ぎた頃、そなたを思い出して涙を流すこともあるやもしれん。
それまでのあいだに、巫女にとってそなたの存在が少しでも薄れていることを願おう」
私は目の前が真っ暗になった。
一瞬だけ燃え上がって消える炎のような人間の時間。
時代を越えてたたずみ続ける大樹のようなエルフの時間。
私たちの未来には、絶望的なまでに永い時が横たわっていた。
もしも私がエルフなら。
せめて男だったなら。
もちろん男は聖域どころか花園にさえ近づけないけど……巫女が汚れれば森の加護を失うから。
それでも。
私が男として生まれ、彼女と交わって子を残せたなら。
私が死んだあとも、その子が悲しみを癒してくれるのに。
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