少女は木漏れ日の下で

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 私は一人、聖域への小径をとぼとぼと歩いた。  フィーネに別れを告げるために。  ばさっ、と羽音がして、全身灰色のオウムが目の前の枝に止まった。 「よくぞ巫女の信頼を勝ち得た」  オウムが人語を喋った。  ひどく不吉な、聞き覚えのある声。 「おまえにかけていた【忘却】の魔法を解く。  思い出せ、おまえの使命を」  そうしてオウムが呪文を詠唱すると、いきなり後頭部をガツンとハンマーで殴られたみたいな衝撃が走った。  ――唐突に理解する。  私は山の上で育てられた、暗殺教団の尖兵。  世界樹の巫女抹殺のために放たれた第二の矢。  エルフを油断させるために深い傷を負わされ送り込まれたのだ。  この森で過ごした日々。  その全ては、聖域の懐深くまで潜入し溶け込むためだった。  教団の教えは自分の命より優先する。  それは骨の髄まで染みついている。  ……だけど。  私はこの森で、もっと大切なものを得ていた。    ◇  私とフィーネは唇を重ね合わせた。  いつもよりも優しく、いつもよりも長く。  互いの感覚が融け合い、どちらの唇かわからなくなる。 「……ん」  そっと唇を離す。  熱い吐息がかかる。 「始めよう」  私たちは地面に描いた魔法陣の中にいた。  夢魔を召喚するために。  夢魔は夢と性を司る悪魔。  雄をインキュバス、雌をサキュバスと呼ぶが、どちらも同一で、性別や年齢を超越した存在。  夢魔の力を借りれば私たちは一度だけ交わることができる。  私は記憶の復活と共に、教団で叩き込まれた悪魔召喚の知識も思い出していた。  巫女が汚されれば森の加護は失われる。  それでも私はフィーネを抱きたい。  性別も種族も越えて交わりたい。  ただただ彼女の全てが欲しい。  全ての事情を打ち明けた私をフィーネは受け入れてくれた。 「来て」  彼女は私をその胸にかき抱く。  夢魔の魔力が豊かな膨らみをもたらしていた。 「子をなすことも許されないなんて、そっちのほうが間違ってる」  フィーネが指先を這わせる。 「心まで眠らせなければならない国なんて、いっそ滅んでしまえばいい」
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