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―――12月6日。
検査が始まる前に病棟に寄ると、俺は机に向かう彼女の背中を見つけた。
ナース達はそれぞれ朝の患者ケアに回っているようで、ステーションには点滴の準備をしているナース一人と、彼女と俺の三人だけ。
しかも、人に仕事を押し付けてはいつもステーションに入り浸っている、目障りな藤森の姿も無いようだ。
辺りを見回した視線を戻すと、彼女が向かい合う窓の向こう側には、雲一つない澄んだ青空が広がっているのが見えた。
朝の清々しい光が、ブラインドの隙間から差し込み彼女を照らす。
天気は良いし。今日は朝から運が良い。
背中で揺れる綺麗な黒髪を見つめ、俺は温かな笑みを浮かべた。
「おはよう」
彼女に近づいた俺は、事も無げに横に座って電子カルテにパスワードを打ち込む。
それと同時に、俺の横顔に彼女からの視線が伝わってきた。
「…おはようございます」
ほんの少し間を空けて、彼女は遠慮がちな声を零した。
俺は彼女の表情が気になって、キーボードに乗せた指の動きを止めてその横顔を見る。
「今日のステーションはやけに静かだね」
「今日はシーツ交換日なので。シーツ交換と保清処置にみんな回ってるんです」
「へ~、そうなんだ。で、安藤さんはこれ何してるの?」
「…保険会社に提出する診断書です。今日、退院される患者さんの」
俺に一度も目を向けずに、電子カルテだけを見て淡々と言葉を置いて行く彼女。
―――あの日以来、
誕生日の翌日に屋上で会話をして以来、俺は彼女に避けられている。
いや、避けられていると言うよりもむしろ…
「へ~、診断書ね。で、会話してるのに安藤さんはどうして僕の顔を見ないの?」
「えっ!?どうしてって…べ、別に何の意味もありませんけどっ」
彼女は一瞬だけ俺を見て、逃げるように慌ててその目を逸らした。
そう、避けられていると言うよりも―――むしろ彼女は、俺を過剰に意識している。
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