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「なに!?おまえ、誕生日にバイトしてんの?淋しい女だな~」
「淋しい女言わないでください。良いんです。私、お金が恋人ですから」
俺の他には店内に客が居ないのか、それとも俺の存在を無視しているのか……レジの方向から二人の話し声が聞こえてくる。
控えめなトーンで会話しているつもりかも知れないが、内容はまる聞こえ。
……お金が恋人?
って事はつまり、恋人がいないってことか?
「それを言うなら『仕事が恋人』だろ?金が恋人って、更に淋し過ぎて笑える!」
……おい、そこの図体デカイ店員。
おまえ今、安藤麻弥の事を「おまえ」って言っただろ。……馴れ馴れしい。
職場とは違う、事務員の制服を脱ぎ息を抜いた彼女の姿がここにある。
患者以外の男と親しく話してる姿なんて、見たことが無い。
聞こえるのは、間違いなく相手に気を許しているであろう、明るい話し声と笑い声。
まさか、その男と特別な関係って事は無いだろうな…
表情が見えない分、想像が掻きたてられて苛立ちが増す。
捲らないページに置いていた視線を上げ、引き寄せられるかのようにそのまま窓の外を見る。
伸ばした視線の先には、看板を抱きかかえるようにして踏ん張っている彼女の姿が見えた。
何やってんだ!?……看板の位置をずらしてるのか?
そんな小さな体で、そんな大きな看板を!?
思わず、雑誌を持ったまま彼女のもとに駆け寄ろうかと言う衝動に駆られる。
おいっ!無駄に体のデカイ店員!
看板抱えにおまえが行けよっ!
――――って、「アイツまでいねーし…」
もぬけの殻状態のレジ付近を見渡し、拍子抜けした声を漏らす。
振り返ると、彼女は看板の周囲でゴミでも拾っているのか、腰を屈めて何やら駐車場をふらふらと徘徊している。
誕生日なのに、こんな時間までバイトして寒空の下でゴミ拾いか…。
彼女の小さな体がより小さく目に映って……何とも言えない侘しさが込み上げて来る。
お金が恋人って、どういう意味なんだ?
一体、どれだけの顔を持っているんだ……
「……麻弥」
心の底から小さな声が落ちた。
そして、覚悟を決めた様に買い物かごを掴んだ俺は、ビールの並ぶ棚に向かって歩き出した。
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