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始まりの町 カントル
賑やかな街道を私たちは歩いていた。以前の癖でつい襲撃したくなるが、今の自分がそのようなことをしても、何の意味もないことを思い出す。かといって、しみじみと感慨にふけってもいられない。なぜならば。
「ねえねえ、ケイオスケイオス」
さっきからこのクイズとかいう小娘がうるさいからだ。
「全く、ケイオスケイオスと……馴れ馴れしいぞ! 私は前魔王だ」
「人間が魔王に敬語を使う義理はないし」
「歳も貴様より二百年は上だ」
「半分ぐらい寝てたでしょ」
「ぐっ」
本当に口先だけは一人前の賢者だ。
「ところでケイオス、今日のお夕飯は何が食べたい?」
歩きながらクイズが訊いた。
「夕食か。私は貴様ら人間とは根本的に体の造りが違う。何も食べずとも生活できるが」
「食べられないの?」
「いや、食べずとも生きられるというだけで、食べられないわけではない」
「じゃあ食べてよ。君が何も食べないのに僕だけご飯食べるのも気が引けるしさ。別に食べ物で釣れるなんて思ってないし」
また私は知らぬ間に、彼女のペースに巻き込まれている。不思議な娘だ。
「――そうだな。それならクリームシチューが」
「クリームシチュー!? 遠慮してない? こう見えても僕、料理は得意だからビーフガノン○ロフぐらい……」
「それは『ビーフストロガノフ』だ」
大先輩を料理しないでもらいたい。
「きゃああああっ!」
突然、通りの先から女性の悲鳴。周囲が騒然となる。
「フハハハハ苦しめ愚かな人間どもよ……違った。何の騒ぎだ?」
「ケイオス、魔王の癖が抜けてないよー」
貴様らの感覚では百年も昔のことだろうが、私としてはつい一晩前まで魔王だったのだ。そんなすぐに癖が抜けるはずなかろう。
「とにかく何があったのか見に行こう!」
「は? 人間の身に何が起ころうと私の知ったことでは」
「どっちみち牛乳屋さんこの先だから! シチューが食べたかったら来るの!」
クイズに腕を無理やりつかまれた。やれやれ、仕方がない……か。久々の食事も楽しみでないわけではないからな。
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