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汗と埃と不穏な臭気。
暗く淀んだ空気と酒の臭いに支配された酒場に、来訪者あり。
男たちは肩から入ってきた人物を、酒気が漂う口元に下卑た笑いと、血走った目で迎えた。
嘗めるような幾つもの目線を特に気にするでもなく、人物は酒場の主人の前に真っ直ぐ進み、どっかと椅子に腰掛ける。
着物の裾から日に焼けた、脚が伸びた。
「酒をくれ」
低く擦れた、首筋を刺激するような声で主人に告げる人物は、女であった。容貌には幼さが残っており、少女のようにも見える。
だが、男たちが注視したのは彼女の左頬であった。真っ赤に燃える曼珠沙華が咲いている。見事な彫物だ。彫りは女の左頬から首筋まで続いており、着物に隠された背中には恐らく、炎の弁を散らす花が咲き乱れているに違いない。
「あんた、一杯呑んだら早々に出ていくんだね」
主人が酒を置きざま、笑いを含んだ声で囁いた。
「どうしてだい」
女は問い返す。この場に一人でいる危険は、説明せずともわかるであろう。
彼女は軽く杯を空けると、平然と次を促した。
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