甘香、幻影を払う

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 ジリッと、どちらかの足先がわずかに地面を滑った音が開戦の合図になった。  踏み込むタイミングは、ほぼ一緒。  瞬き一つの間に、すでに初撃が交わされている。  鋼同士がかち合う音はまるで鈴をかき鳴らすようで。  相手に踏み込み、踏み退る足は、まるで舞踏のステップのよう。  命の奪い合いをしているはずなのに、傍目には優雅な舞のようにしか見えない。 「……ねぇ、吏沙(りさ)。  僕はずっと疑問だったんだけど」  自身は常人でしかない稔は、傍らに控えるメイドに疑問を投げた。 「どうして蓮は、百合ちゃんに勝てないんだろう?」 「蓮さんは、百合さんの弟子ですから。  蓮さんの手の内は、百合さんに知られてしまっています」  かつて『漆黒の城(ダーク・ルーク)』として、その高い情報分析力で采上を支えていたメイドは、漆黒のメイド服を風にたなびかせながら答えた。  こげ茶の瞳は、蓮と百合に据えられたまま動かない。  常人以上の戦闘力を持つ吏沙には、稔以上に二人の動きが見えているのだろう。 「でも、蓮が百合ちゃんの弟子だったのって、白鞘(しらさや)にいた頃なんだろう?  十年近くブランクがあるじゃないか。  たとえその当時、百合ちゃんの方が戦闘経歴が長かったとはいえ、今は蓮の方が年上で、体格もいいし、男女差だってあるじゃないか。  確かにスピードで劣るかもしれないけれど、体力とパワーなら蓮の方が上。  そうだろ?」
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