甘香、幻影を払う

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 采上が持っている駒(ピース)は、蓮と吏沙だけ。  主(マスター)である稔自身が王(キング)として盤上に立つことはあったが、それでも3体。  正式な軍隊(レギオン)になれば16体の駒(ピース)が並ぶのに対し、采上は明らかに駒(ピース)が少ない。  そしてその3体のなかで攻撃に特化した駒(ピース)は蓮だけだった。 「百合さんの技は、寸止めでも、形になるんですよ。  でも蓮さんの技は、寸止めでは形にならない。  ただすれ違っただけです。  だからどうしても、分かる形に持っていこうとすると、得意とする百合さんに有利にならざるを得ない」 「心理的ブレーキっていうのは?」 「最終ゲームで、百合さんが唯一負っていた腕の怪我ですが……。  あれ、蓮さんの無意識の攻撃だったそうなんですよ」  吏沙は当時のことを思い浮かべ、痛みにわずかに瞳を細めた。 「そのことに、蓮さんは怯えているように見えました。  自分の無意識は、生きるためならば何よりも大切な存在(ヒト)さえ殺そうとすると。  ……自分の怪我はどうでもいいから、百合の怪我を何とかしてくれと春輝(はるき)に懇願して、困らせていました」 「……それが、心理的ブレーキってやつか」  無意識をセーブしながら戦っていると言うならば、確かに蓮は百合に勝てないだろう。  元々、百合の方が技量が上なのだ。  完全に本気でないのに、勝てるはずがない。 「まぁ、百合さんにしてみれば、そこが『本気じゃない』なんでしょうが」  解説を終えた吏沙は稔から二人へ視線を戻した。  稔も二人へ視線を向ける。 「……これは、危ういかもしれないなぁ……」  小さく呟いた稔は、やりきれない思いで頭をかいた。 「百合ちゃんには、多分、そこらへんの機微は分からないだろうし」  恋をするって、大変なんだね。  なぜか稔の思考はそこへ終着した。
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