甘香、幻影を払う

9/12
前へ
/12ページ
次へ
 自分がなぜ百合に勝てないかなんて、本当は分かっている。  斬撃をいなしながら、蓮は奥歯を噛みしめた。  突きつけられる刃を左手のナイフで捌けば、小柄な体がスルリと懐に入ろうとする。  体を半身に流して背後を取ろうとすると、踏み込みの勢いを乗せた回し蹴りが飛んできた。  腕で受けて逆に足を固めれば、そこを支点に逆足からの蹴り。  弾いてこちらから刃を突き出せば、短刀で受け流される。  ……本気になれていない。  攻撃を飛び退る勢いに変えた百合は、しなやかに着地すると地面を滑って止まった。  流れる風に長い黒髪を揺らす百合は、汗一つかいていない。  対する蓮は、すでに肩で息をしている。  ……何が自分を縛っているのかも、本当は分かっている。  あの日の、うだるような熱波。  くらむ視界と、そこに散った鮮血。  鼻をつく金気。  手の中にあったサバイバルナイフと、そこを伝わった肉を断つ感覚。  あの悪夢に、蓮はまだ囚われている。 「蓮」  その幻影の向こうから、涼やかな声が蓮を呼ぶ。 「次で、決めるよ」  短刀を構えた百合の姿に、あの日の光景がだぶって見えた。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加