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自分がなぜ百合に勝てないかなんて、本当は分かっている。
斬撃をいなしながら、蓮は奥歯を噛みしめた。
突きつけられる刃を左手のナイフで捌けば、小柄な体がスルリと懐に入ろうとする。
体を半身に流して背後を取ろうとすると、踏み込みの勢いを乗せた回し蹴りが飛んできた。
腕で受けて逆に足を固めれば、そこを支点に逆足からの蹴り。
弾いてこちらから刃を突き出せば、短刀で受け流される。
……本気になれていない。
攻撃を飛び退る勢いに変えた百合は、しなやかに着地すると地面を滑って止まった。
流れる風に長い黒髪を揺らす百合は、汗一つかいていない。
対する蓮は、すでに肩で息をしている。
……何が自分を縛っているのかも、本当は分かっている。
あの日の、うだるような熱波。
くらむ視界と、そこに散った鮮血。
鼻をつく金気。
手の中にあったサバイバルナイフと、そこを伝わった肉を断つ感覚。
あの悪夢に、蓮はまだ囚われている。
「蓮」
その幻影の向こうから、涼やかな声が蓮を呼ぶ。
「次で、決めるよ」
短刀を構えた百合の姿に、あの日の光景がだぶって見えた。
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