ユウ

4/7
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
***** 僕たちは昨冬から仔犬を飼い始めた。 まだ3ヶ月くらいの小さな雑種。たぶんコーギーと柴のミックスだと思う。 体は柴で顔はコーギー。ついでにたてがみがついている彼女は、よちよちと歩いてあらゆるところに潜り込む。 ソファとマガジンラックの隙間、ケージと壁の隙間、こたつの中、僕たちが(妻に言わせると僕が)脱ぎ散らかした服の間。 犬を飼う先輩達は、みんなそれぞれ育て方にポリシーがあるらしく、ある人はイタズラは激しく叱るべきだと言い、ある人は粗相しても叱らずにそうっと片づけて、上手にトイレができたり留守番ができたことを褒め称えるべきだと言う。 妻は、なんていうか何故そこまで、と思うくらいの情熱で犬の飼育に関する本を読み漁り、こうしたらいいと書いてあったと言っては色々やってみている。 粗相をしたら鼻先をそこに押し付けて叱る戦法であるとか、あるいは体には触らずに声で叱る戦法であるとか、何も言わない戦法であるとか、毎日のように戦法を変えるのできっと犬も混乱しているに違いない、と僕は思うのだけどなんとなくそれを強く彼女に言うことができない。 育児ノイローゼならぬ飼育ノイローゼ気味に見える妻。助けてやりたいけれど彼女は今、大きな大きな闇に押し潰されまいと必死なので、そこにまた諌めるようなことは到底言えない。 どう言ったら彼女を尊重し、かつ傷つけないのかが分からないのだ。 妻に対する愛は、本当に身体からあふれんばかりにあるけれど、妻は時折そのあふれた波にさらわれ溺れてしまいそうになっている。僕が力加減を見失うから(ちなみにこれはDVとかの話では断じてない)。 僕はいわゆる 重い男なのかもしれない、と最近思う。 こういうことはきっとタイミングが大事なのだ。 僕が愛を表現しすぎるのもタイミングを間違えるから妻を溺死の危機に陥れるのであって、タイミングが合った時はこの上ない幸福感が僕たちの家に満ち溢れる。 彼女が生理前でイライラしやすい時に甘えて腰を抱き寄せて眠りこみ彼女の家事を妨げてしまったり、大事な話を食事の支度で忙しくしている時にしてしまったり、あるいはお笑い番組を観て笑っている時にぎゅうぎゅうと抱きしめてキスしてしまったりするのがいけないのだ。分かっている。 しかし、仕方ないと思う。 妻が笑うといまだに胸がきゅうっと音をたてて、身体の奥からふるえるみたいな気持ちになってしまうのだから。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!