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私たちの愛する犬、ワンがキッチンとダイニングの境界線に陣取って、私をじっと見上げている。
私は5個ものりんごを剥いて刻むことに忙しく、彼女の視線をバシバシ感じながら応えてあげられない。これが済んだらもやしのひげ根を取って、豆腐のもやしあんかけの用意して、解凍しているサンマに塩をすり込み、煮干しで出汁をとってお味噌汁を作って、ああその前に和風サラダを何か作らなきゃ。
夕方の主婦はおそろしく忙しい。
ついにワンがオスワリからフセに態勢を変えて、寂しげにこちらを見つめ始めた。もう限界だ。これ以上彼女を放っておくなんて私にはできない。
ジャムの材料を入れて圧力鍋を火にかけると、私はワンの方へ向き直る。
ワンはきらきらした瞳で起き上がり、頼んでないのにオテをしたりフセてゴロンをしてみたりする。いとおしすぎる。
犬は満腹中枢がないのだったか、いつまでも食べるとかいつでも食べるとか聞くけれど、ワンもそうで、私がキッチンに立つと家のどこにいても駆けつけて野菜や果物や煮干をねだる。
私はそれを最初は頑張って無視するけれど、やがて覚えている芸を総動員してねだる彼女の情熱と愛らしさに負けてつい野菜を切り分けてあげてしまう。
そういうことでは賢い犬にならないわよ、と母は言うけれど、私はワンにこれ以上の賢さなんて求めない。
沢山の人に愛されるために必要なスキルーー吠えないとか噛まないとかーーがあればいいし、長生きしてくれることだけを願っている。
保護団体から譲り受けた彼女は、まさに生き延びてここにいるのだ。
うんと愛して、大事にしてあげたい。
しゃりしゃりとおいしそうにりんごを食べる彼女を撫でながら、それでも犬として正しいことは大事だと思う。
犬たるものはどうあるべきなのか、私はもっとちゃんと理解しなくてはと改めて思う。
飼育書を借りに明日は図書館にでかけることを決めた。
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