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「ただいま。」
結局、あの後、勝正は。
”何か”から逃れるように、道を駆け抜け。
数分の内に、大通りに差し掛かり。
そこでタクシーを拾い、短距離である事に憮然としている運転手を妙に急き立て、自宅マンションへと到着した。
ここまで来た安堵に、むしろ、自分のあの慌てぶりが滑稽に思えて来る。
確かに廃墟然とした不気味な佇まいではあったが、宮司や神主が常駐していない古い神社等、大概があんな物だろう。
枝葉の騒めきも、特に超常の現象でも無い。
不意の突風も、珍しい物でも無い。
何かが軋むような音も、あの朽ちかけた社殿の事だ。
風に煽られ、何処かが悲鳴を挙げる事もあるだろう。
一つ一つ思い返して見れば、何も不思議な事は起こっていないのだ。
『馬鹿馬鹿しい。』
ふ、と自嘲の笑みを零しつつ、玄関先で靴を脱ぎ始めた勝正だったが。
「あなた!遅かったじゃない!」
恵子が、切羽詰まったように血相を変え、ぱたぱたとスリッパの音を響かせて廊下を駆けて来る。
「ああ、済まない。」
確かに、真っ直ぐ帰っていれば、三十分は早く到着しただろう。
勝正はそう思い、素直に詫びた。
「何にも連絡が無いし、何処かで事故に遭ったんじゃないかって・・・!」
「おいおい。」
恵子の、表情。
そして、言葉。
流石に大袈裟過ぎると、勝正は苦笑した。
「そんなに心配する事、無いだろう。高々・・・」
そして、ちら、と何気無く廊下の掛け時計に目を遣り。
「・・・!?」
言葉を、宙に消した。
午後の九時半を回っている。
「まさか・・・!」
勝正は、次に自分の手首の腕時計へと、慌てて視線を落とした。
掛け時計が狂っている可能性を、先ず頭に浮かべた為だ。
しかし。
腕時計も、同じ時間を表示している。
「そんな・・・」
神社までの道程が、十分弱。
帰り、通りに出るまで数分、タクシーで自宅まで五分強。
駅に到着した時間は六時を回ったばかりだった筈だ。
短く見積もっても三時間以上、あの神社に滞在していた事になる。
「・・・馬鹿な!」
「あなた?」
自失し、かつ狼狽している夫の姿に、恵子がその顔を覗き込む。
「どうしたの?何があったの?大丈夫?」
「あ、い、いや・・・」
ふと我に返り、恵子に視線を移した勝正は
「・・・!」
息を呑み、声にならない悲鳴を挙げた。
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