次章 神社

4/7
前へ
/23ページ
次へ
「ただいま。」 結局、あの後、勝正は。 ”何か”から逃れるように、道を駆け抜け。 数分の内に、大通りに差し掛かり。 そこでタクシーを拾い、短距離である事に憮然としている運転手を妙に急き立て、自宅マンションへと到着した。 ここまで来た安堵に、むしろ、自分のあの慌てぶりが滑稽に思えて来る。 確かに廃墟然とした不気味な佇まいではあったが、宮司や神主が常駐していない古い神社等、大概があんな物だろう。 枝葉の騒めきも、特に超常の現象でも無い。 不意の突風も、珍しい物でも無い。 何かが軋むような音も、あの朽ちかけた社殿の事だ。 風に煽られ、何処かが悲鳴を挙げる事もあるだろう。 一つ一つ思い返して見れば、何も不思議な事は起こっていないのだ。 『馬鹿馬鹿しい。』 ふ、と自嘲の笑みを零しつつ、玄関先で靴を脱ぎ始めた勝正だったが。 「あなた!遅かったじゃない!」 恵子が、切羽詰まったように血相を変え、ぱたぱたとスリッパの音を響かせて廊下を駆けて来る。 「ああ、済まない。」 確かに、真っ直ぐ帰っていれば、三十分は早く到着しただろう。 勝正はそう思い、素直に詫びた。 「何にも連絡が無いし、何処かで事故に遭ったんじゃないかって・・・!」 「おいおい。」 恵子の、表情。 そして、言葉。 流石に大袈裟過ぎると、勝正は苦笑した。 「そんなに心配する事、無いだろう。高々・・・」 そして、ちら、と何気無く廊下の掛け時計に目を遣り。 「・・・!?」 言葉を、宙に消した。 午後の九時半を回っている。 「まさか・・・!」 勝正は、次に自分の手首の腕時計へと、慌てて視線を落とした。 掛け時計が狂っている可能性を、先ず頭に浮かべた為だ。 しかし。 腕時計も、同じ時間を表示している。 「そんな・・・」 神社までの道程が、十分弱。 帰り、通りに出るまで数分、タクシーで自宅まで五分強。 駅に到着した時間は六時を回ったばかりだった筈だ。 短く見積もっても三時間以上、あの神社に滞在していた事になる。 「・・・馬鹿な!」 「あなた?」 自失し、かつ狼狽している夫の姿に、恵子がその顔を覗き込む。 「どうしたの?何があったの?大丈夫?」 「あ、い、いや・・・」 ふと我に返り、恵子に視線を移した勝正は 「・・・!」 息を呑み、声にならない悲鳴を挙げた。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加