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墨を落した様な闇の中。太陽、星、月抔の目印になる様な物が例外なく黒で塗り潰された夜よりも暗い深淵。
そこに俺は倒れていた。轢き潰された蛙の様に。
手も、腕も、足も、瞼さえも動かせない。糸の切れた人形の様に。
その瞬きすら出来ない開かれた目先には、霞んではいるが人が何人かいるみたいだ。
何かを話している様だが、視覚以外の全ての感覚が機能していなくて聴き取れない。
軈て話が済んだのか、一人の男が俺に近付いて来た。
男は暫く俺を見下した後、膝を屈めて俺の上躯を抱き上げた。
相手の顔が近くに在っても暗くて男の顔はわからなかったが、一つだけ理解した。
こいつは人間じゃない。
幾人もの鮮血を宿した様な紅い眼。
そして俺の皮膚を破り、肉を裂き、骨を砕くこと抔赤子の手を捻じることと同様に容易いであろう鋭い歯、否、牙だ。
闇の中でもそれらは怪しく輝き、俺を狙っていた。
化け物は獲物を前に哂っていた。
しかし、こんな状況に遭っても俺は畏怖することは無かった。
恐らくこれは諦め。
ライオンに頸筋を押えられたガゼルの様に、その眼に、その牙に抗うことは出来なかった。
そして、化け物は俺の頸根っこに喰らい付いた。
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