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 切っ先が完全に頬を捉えている時でも、刃から目を反らさずに状況を分析するアーリオには何か手だてがあったのかもしれない。しかしその手段を講じる前に、状況は打破された。  突然青白い剣の切っ先があらぬ方向に軌道を変えたのだ。  アーリオは体勢を整え振り抜かれた青年兵の剣を見ると、途中で折れ剣先部分が見事に無くなっていた。 「ふぅ、危ないとこだったな……」  となりでは、急ごしらえの相棒が額の汗を大げさに拭い、息を付いていた。アーリオは彼の拳から肘に掛けて、青年兵の剣と同じ青い白い光りが纏っている事に気付く。  しかしそれと同時にアーリオは妙に感じた。あの急場からは詠唱している隙もなく、ましてやそう云った類いの言語表現はアーリオの耳には届かなかった。そしてすぐさま一つの結論に至る。  詠唱破棄。 『痕』の力は『魔力』呼ばれ、己の周囲に集中、高密化し人智を超えた森羅万象を従属させる為には、詠唱という手段は特に道具や魔方陣を描いたりせずに済む便利な方法ではあった。しかし詠唱自体を無くすという事は、身秩序な『魔力』を統御した状態の『魔法』形に落とし込む過程を飛ばす事を意味していた。  詠唱は暴れ馬の手綱を握る事、荒波の舵をしっかりと取る様なものであり、魔力を掌握する過程そのものを破棄するという事は、密度の上がった魔力が暴走し、術者の身に災いを起こす最悪の事態である『逆流』の可能性を激増させてしまう事に他ならないのだ。  詠唱破棄は、詠唱の高速化なぞ比べ物にならないくらい遥かに危険で難しく、上級者でも躊躇う技術の一つだった。  カムイは青年兵の一振りがアーリオの頬部を捉えた瞬間に、自らの肉体を硬化させたのだ。そして拳を繰り出すと、剣の一番脆い側部に打撃を与えた。剣も同じく硬化していたが、詠唱破棄まで心得ているカムイのそれは猶猶硬く、剣は真っ二つに折れた。  青年兵は自分の思い描く結果と違った出来事に狼狽えた。「痕」の力に飲み込まれ一時的な力は手に入れたが、経験が備わった訳でも、知識が深まった訳でもないからだ。その一瞬を突き、カムイは高質化した拳を青年兵の鳩尾にめり込ませた。すると彼の身体は、ハリボテの様に軽々と吹き飛んだ。
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