0人が本棚に入れています
本棚に追加
ドアは開いたが、人影は見えない。入れと言う合図なのか。カムイはイザベラを手で制して「外で待て」と目で言いながら二人は部屋に入った。
こういった地帯には、長居する人間など居ない。大体が安宿を転々とする。それは何かをしても足がつかないからだ。私財も携帯出来るだけに留め、他は散財してしまうのだ。しかしその部屋には、長く使われている馴染んだ空気感が漂っていた。閉め切った空気が満ち、タバコの匂いが染み付いていた。膨らんだビニール袋の山は潰されたコーヒーの空き缶で満ちている。配置も明らかに変えられておりパイプのベッドが手前に置かれ、奥の空間にテーブルが置かれフィルムの缶が無造作にいくつも置かれて現像したばかりの写真が照れ下がった紐に連なって吊るされていた。さっきの廊下のように光りの入らないその部屋から、場違いの明かりがドアから差し込んでいる。
「さっさと閉めろよ」
苛立ちの籠められた声が奥から聞こえた。ドアが閉まると。するとパチリとスイッチが入り、ブラックライトの独特の明かりが部屋を包んだ。背が高いが妙に痩せた男が、奥の方で背中を向けて何やら作業をしている。ちゃぷちゃぷと現像液に浸す音と共に「で、どの写真?」と男は言った。
「この写真だ」アーリオは例の剣を抱える男の写真を見せた。男は作業をしながら、その写真を一瞬見て「高いよ、それ」と言ってニヤリと笑った。
現像液に浸した写真をライトに翳して、男は何かを食い入るように確認する。首を捻りながら写真に限りなく近づけた眼球は、飛び出るのではないかと言う程見開いている。爬虫類のように細く薄い舌を小刻みに左右に揺らしながら、片手で指を三本立てた。アーリオは一瞬臆した。それが三百なのか三千なのか、それとも三万なのか。吹っかけられているのか、一回値下げをするべきなのか、頭の中をフル回転させ、次の行動の決断を模索した。もしここで何か相手に不信感を持たれたら、この写真の男までたどり着かないかもしれない。しかしそれら全ての思考は徒労に終わった。カムイが自分の懐に閉まっていた布の袋ごと、男のベッドに放ったからだ。その衝撃で布袋の口が緩み、中から金貨や紙幣、白銀の塊などが溢れ出した。
「そんな価値じゃないだろう。それは」カムイがせせら笑いながら言った。
男は不健康そうな引き笑いをしてから、小さなフィルムケースを取り出した。
最初のコメントを投稿しよう!