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 伍侍とは、ニュクスという女王に仕えた五人の側近の事だ。 『英雄伝説』に因ると、ニュクスは百年前に『パルテノン』に反逆した魔王であり、恐怖により民衆を支配した暴君と記されている。そしてヴーという準領主の率いる『不知火』と呼ばれた民兵集団は、自らと引き換えにニュクスを征伐した。ヴーはそれにより正式な領主の称号『バロン』に昇格し、ニュクスの有した土地を治めた。そしてヴーはそれからも様々な貢献をし、『聖王』と呼ばれた。  この歴史は、この近辺では人気の歴史で数多くの童話、演劇、オペラの題材として取り上げられていた。そして「壹皇の残党」や「伍侍の子孫」と名乗る事は、「荒くれた狂人である」とか「自分が最も強い」と同義になっていた。 「分かった悪かったよ。だったら早くツケ払ってくれ」  主人はこの手の空言には慣れていた。かつて傭兵の集っていたこの町の酒場では、夜が来ると血なまぐさい話に混ざった自慢話が飛び交っていた。それに支払いが滞りといつも酔って絡んでくるこの男が、一流の賞金稼ぎだとは到底思えなかった。 アーリオもかつての町の象徴とも言えるやり取りを耳にし、頬が緩んだ。  主人はこの男が言うであろう次の自慢話も、既に予想出来ていた。 「これを見てくれ、真虎だ。マ・ト・ラ!!真虎って言えぁ、この店程のデカさだ。詰まる所の、未開の地の番人よ。俺はこいつを仕留めた懸賞で3年は遊んで暮らせたんだぜ?」 「始まったよ」  主人は呆れたが、アーリオはその話に少し興味を持ち横目でチラと見ると、男が自分の腰巻きを愛おしく撫でていた。そこには毛皮が貼付けてあり、少しくすんでいたが白銀に黒いラインが入っていた。  間違いなく真虎の毛皮だった。  真虎は未開の地に生息する虎で「痕」の恩恵で百年近くまで生きる獣だった。成長すると家ほどの大きさにまで成り、「痕」の力を扱える利口なものは口から火を噴くと云われていた。賞金稼ぎでも素人が下手に手を出すと命が危ぶまれ、危険度は八段階ある階級の上から三番目と判定された。  アーリオは声は出さなかったが、素直に驚いた。その反応を横目で確認した男は、鼻の穴を膨らませた。
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